しい。すくなくとも、意識的無意識的に、スタンダールやバルザックなどが代表している流れに竿さしていると思っているらしい形跡がある。だから、こう質問しても不当では無いと思うのである。あなたがたの作家活動の中で、あなたがた自身の了見が、どんな姿でどのへんに位置しているのかを自ら問うたことがあるのか? と。
いや、しかし、こう言うと、彼等の或る者は「金がほしいから書くだけだ」と答えるかもしれない。(悪いことに――そして彼等のためには都合の良いことに)バルザックが「金がほしいから書く」という意味の事を言っている。
また、或る者は「書くことがおもしろいから書くんだ」と答えそうだ。(悪いことに――そして彼等にとっては都合の良いことに)スタンダールが「私は私をたのしませるために書く」という意味の事を言っている。
まことに、まことに、プロメシウスが肝臓を食わして手に入れて来た火で、パンパンがタバコを吸いつけるのだ。祖師が血みどろになって持ちかえった皮ごろもで、小僧どもが鼻を拭くのだ。バルザックの「金がほしいから書く」とスタンダールの「たのしむために書く」の一語の裡に、どれだけの自我の追求と確立の煉獄が畳みこまれていると思うのか。現に、バルザックやスタンダールの諸作品の冷鉄のような客観の中心に、一貫して燃えさかり、そして燃えさかる事によって、彼等の「客観」を芸術としての渾一にまでキタエあげているものは、彼等の白熱した主観、つまり自我であり、終始一貫して自我でしか無いことに気が付かぬ者は、メクラに近い者であろうと私は思う。
5
自我とは、もちろん、生物学的に他のものから引き離されて存在している自分一個の内部の問題――それの生理や心理や情緒や死生観などを意味するのと同時に、外部――自然や他人や階層や民族や社会や世界――との有機的な関連において認識される自分のことだ。これは理論的なメガネで眺めてそうなるのではなく、事実そのものがそうなのである。知識と教養によって訓練された人間は皆、その知識と教養の度合いにしたがって、自己のうちに、この内部と外部を持ち、そしてそれを何かの形でか出来るだけ矛盾の無い統一体として処理したい欲望を持つ。そして作家は、当人が好むと好まざるとに関係なく、より強く作家たろうとすれば、本質的自発的に知識と教養に訓練された人間のチャンピオンたらざるを得ない。これも理屈では無い。作家と作家活動の作用《ファンクション》が自然にそうなのだ。したがって作家が自然に為し、かつ、為さなければならぬ自我の追求、確立ということは、自分の内部において外部の世界を処理する仕事である。言葉を換えて言えば、自己の土台の上に社会的な連帯性を産み出すことであろう。つまり、作家は本来的に自発的に自分の属している人間集団全体の運命に自分の考えと仕事をつなげて行くものだし、行かざるを得ない。
そして、われわれを最も強くゆり動かした最近の「社会的」な事件は戦争であった。あの戦争を、なにかの形でか自分の内部で処理する仕事は、実は作家の自我の確立の仕事の中での一番大きな課題なのである。
そして、これらの作者たちの、ほとんど全部が、あの戦争を通過して来ている。なかには、かなりハデな形で通過して来ている人もある。それを、現在彼等は頬かむりをして過ぎようとしている。又は「悪い夢を見た」といったふうに、又「軍部に強制されやして」といったふうにソラトボケて見せたりしている。――つまり、自我を「眠らして」やり過そうとしているのだ。作家ならば、到底出来ない、又はしてはならない事をしている。彼等が小説製造販売業者になってしまいつつあるホントウの原因と理由は、そのへんに在るのではあるまいか?
私は、言うところの「戦犯」のことだけを言っているのでは無い。その事だけならば、終戦直後、左翼の中の小坊主諸君がわめき立てた「摘発」にまかせて置けばよい。私は、もっと、われわれ自身に関する事を言っているのだ。このままで放って置けば、ついに、他では無い、われわれ自身を永久に腐敗させてしまう毒素としての――つまり、われわれの自己が自己に対して犯そうとしている「責任トウカイ」のことを言っているのだ。
「もともと、私は戦争には反対でしてねえ。あの戦争は侵略戦争でしたからな。しかし、あんな情勢の中で正面切って戦争に反対することは事実上不可能だったんです。しかし、とにかく戦争を中止させることの出来なかったのは、われわれの弱さであり、まちがいでした。その結果の敗戦の惨苦をわれわれがなめているのは当然ですよ」と言った式のことを、オチョボぐちをして言うこと位、現在、やさしいことは無いであろう。――現に、これらの作者たちの或る者たちは、それをやっている。ハッキリと言葉や文字に現わして言わな
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