アホラシクなる。同時にたのもしくなる。こんなのがとにかく生え育つ土地――日本は善きかなという気がする。気がしているうちに、コッケイになって来る。笑いたくなる。そして笑いは、深い敬意をすこしも裏切らない。
武者小路は、ずいぶんたくさんの小説や戯曲や詩や感想を書いて来た。これからも無数に書くだろう。書きちらす。原稿紙を五千八百九枚あてがうと、その五千八百九枚目まで書きちらすだろう。たしかタゴールの詩の一つに、大海の浜辺で無心に遊んでいる幼児を歌ったのが有ったが、あれだ。しかつめらしい顔をして、マメマメしく、次ぎから次ぎと忙しそうに、シンケンに、しかし、けっきょくは、遊ぶ。パガンの神が遊ぶように。そこには、真実は在るが論理は無い。美は在るが構築は無い。純粋は在るが進化は無い。そして、そのような所に、近代的な意味での芸術や思想は存在し得ない。
武者小路の小説や戯曲で、芸術作品としての正常な興味を持ちつづけられるものは、私にとって、いくつも無い。それでいて時々読みたくなる。そして引き出して来て読み出すと、トタンに、その真実と美と純粋に打たれ、そして間も無くタイクツしてしまって、本を机の上か枕元に放り出し、安心して眠ってしまう。そういう関係にある。彼の思想にしてもそうだ。考えの一つ一つは真実で美しく純粋なものだが、システムは無い。あの考えとこの考えがムジュンしはじめると調和といったようなことで、ナスクッてしまう。それは、彼に於てゴマカシでは無い。シンケンにそう思ってナスクるのだ。しかし客観的には、そいつはデタラメである。壮厳なるデタラメだ。近代的思想としての一貫した検討に耐え得るものは何一つ無い。「新らしき村」が、いつまでたっても無くならない理由も、いつまでたっても栄えない理由も、そのへんにある。そういう関係にある。
武者小路がホントの意味での芸術の苦しみと喜びをはじめて知ったのは、彼が絵を描きはじめた時ではないかと私は思う。いや、ツクネいもなどの「文人画」のことではない。コツコツと写生をしデッサンをしてタブロウをつついて描いた絵のことだ。タブロウは写実と美と純粋だけでは出来あがらない。論理と構築と進化が存在しないと、出来あがらない。僅かであるが、そういうタブロウがあるのだ、武者小路に。それを見ると、およそ、それまでの武者小路から想像することのできないような細心で慎重な、順序を踏んで自然に味到しようという態度がある。往々にして、そのタブロウは、彼の「ツクネいも」の絵よりも出来が悪いけれど、しかし、そこにホントの芸術家の態度がある。それが、絵を描きだして、はじめて彼のうちに生れた――つまり、絵を描くに至ってはじめて彼は芸術家になった――と私は見る。カンバスを五千八百九枚あてがっても、彼はもうその全部に塗りたくりはしないであろう。それが、彼自身にとってもわれわれにとっても、喜ぶべき事であるか悲しむべき事であるか、わからない。実に、それは、わからない。ただ、もう、後がえりはできまい。また、後がえりは、してもらいたくない。
なぜかというと、論理と構築と進化とが、多少ずつでも彼のうちに生きてくれば、「すべての事は、それぞれそのままの意義と姿において、ほむべきかな」と言ったふうの――敵も味方もいっしょくたにして肯定してしまうところの大調和論みたいなものは、成り立たなくなるであろうから。そして、そんなものが成り立ってほしくないからである。もちろん、そうなれば、彼の「天衣無縫」さは彼から失われるだろう。それは惜しい。一つの宝物を失うように惜しい。しかし、どうせわれわれは彼の「天衣無縫」の路について行けはしなかった。しかし、彼の「人道主義」には、ついて行きたかったのだ。これからも、ついて行きたい。それには、「天衣」を脱いでくれないとダメだ。「天衣」は美しいが、デタラメだからである。
そのへんを、もっとハッキリ言うことにする。われわれを包んでいる歴史の流れは、まだきわめて不安定な段階にある。これから先、われわれはいろいろな目に会うであろうし、会いたいと思うし、そしてその中でわれわれは、なにもしないで手をつかねているわけには行かぬだろう。いろいろな目というのは文字どおりいろいろな目だが、その中で一番極端なものは戦争といったような事であろう。戦争はおたがいに、もうイヤである。起らぬように、それぞれの立場から努力したい。しかし、いくらイヤがっても努力しても、戦争は起きるかもしれない。そして、戦争以外の此の世のあらゆる現象も、よく考えてみると、それと同じようにして起きる。そうなった場合に、しかし、「あれも、これも、すべてよし」では困るのである。これが善ければ、あれは悪いのである。その逆もそうである。ところが武者小路の「天衣無縫」には、「あれもよし、これもよ
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