タリイのマリネッツイなどが先導した未来派に引かれ、さらに進んでは今で言えばモビールにあたる――人生と社会のあらゆるアクションの組合せが偶然に創り出す美こそ真正の最高の美であると言う考えにとりつかれた。そのへんから当然美を純粋に追求すればするほどタブロウにはなり得ないと言った自己矛盾におちいり、ついに描かれない絵――したがって誰の目にも見えない絵――だけがホントの絵だという自己破壊的な結論に到達するに及んで私の遍歴は終りました。その後、現在まで私は一貫して写実的な絵だけを描いています。つまりがシュールやアブストラクトはいつでも描けるがすぐ飽きる。写実だけが自分を飽きさせないのです。
本職の画家でない私の例は参考にはならぬかも知れぬが、正直の話、どうでしょうか? 未開の土人や子供などがけんめいに写実を志して描いた非写実的な絵に時に私は感動する。また写実を追って追い抜いた末に反写実的になってしまった近代画家の絵に往々私は感動する。しかし一つの新奇なるスタイルまたは習慣的な演戯としての前衛絵画のどのような作品の前では一度も率直に感動したことがないのです。君はどうですか?
そして人が自分を真に感動させたことのないものの方へ進むのは結局は虚偽か、少くとも軽薄さではないでしょうか?
もちろん人間はどんな絵でも描くでしょうし、またそれはゆるされています。こころみてはならぬ芸術的手段などはないのです。新しいものは生れる方がよい。しかしピカソの方がジオットウよりも新しいとするような考え方自体がすでに古いのです。そんな所からホントの新しいものは生れないでしょう。
作家が自己の全身心をかけた所から促し立てられて押し出してくるものならば自然主義的な写生画もアンフォルメルやモビールも、新旧と価値において全く同じことです。
ピカソのつまらなさ
H君――
「ピカソは何故つまらないか、あなたはそれを話してくれる義務がある」と言う。
先頃私がある雑誌に書いた文章の中で「正直に言って良いことは正直に言った方が良い」ということを書いた中に「ピカソはつまらない」と書いていたのに君はこだわったようだ。君の手紙には詰問するような調子がある。なるほど近代の絵画を真剣に考えている君としては、私の言葉は無責任な放言のように聞えたかもしれないし、また私がイコジになって逆説を弄してるようにとれたかも知れない。しかしそれは二つながら当っていない。私は真面目にそして正面からものを言ったのだ。ただもう少しくわしく述べる義務があるようだから、ここで述べる。
「何故ピカソがつまらないのか?」と君は問うが、まず第一に子供らしい答え方で答えるならば私は「何故つまらないかをぬきにして、まずピカソの絵は私にはつまらないのだ」としか答えられない。だからまず逆に私は君に対して次のように問いかけてみる。
「それでは君はピカソの絵を本当に良いと思って見たことがあるか?」
本当にということは文字通り正直にという意味であって、時に美術批評をもしている君が大勢の人々の中で人々を相手にしてものを言ったり考えたりする場合ではなく、本当の君一人の室の中でそう思うかという意味だ。どうであろう?
私が自分の勤労によって働き出した金がある。その金で一枚の絵を買うために展覧会または画商の所へ行ったとする。そこにはたくさんの美しい作品がある。さてしかし自分にとって大切な金を出してどの一枚を買おうかと思って眺めると、美しいものとそうでないものの差がハッキリしてくる。そして最後にこれだと決めて買う気になった作品が良い作品だった。実際において買わなくても、そういう角度から絵を見ると絵の良し悪しが非常にハッキリすることが多い。そしてまたこれまでに見たピカソの絵(もちろんほとんど複製)で私に大事な金を出して買いたいと思わせた絵は一枚もなかった。
次に絵画の観賞の仕方に次のような考え方がある。それは最初に見た時にその美しさにビックリして惹きつけられ、それを座右に置いて始終見ている間につまらなくなってしまう絵と、最初に見た時は平凡な絵だと思ってたいした刺戟も受けなかったが、長く見ている間に次第に深い味が出て来て惹きつけられる絵と、最初に見た時に強い刺戟を受けそれをくりかえして見ているうちにその刺戟が深まり、つぎつぎと新しい味が出て来ていつまでも見飽きない絵。もちろんこの場合最初見てつまらなくていつまで見ていてもつまらないというレベル以下の絵は除外しての話だ。そして言うまでもなく第三番目の絵が良い絵であると言うことについては君も異論がないだろう。そしてピカソの絵は初めの頃においては私を最初驚かし、そして長く見ていると退屈させた。わずかに彼の絵で私をそれほど飽きさせなかったのは「青の時代」に属する新古典的な絵のいくつかに
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