Aこの女の乳の上にのせると、熱が引いて静かになりウトウト眠れた。それを、この畜生は、ただ一時の欲情だけで俺から取り上げるのか? こいつは俺の作品にいちいちケチをつけては、絵を描いて行く落ちついた気分を取り上げた。しょっちゅう議論を吹きかけては、俺の頭をメチャメチャに引っかきまわした。あんまり酒を飲むな、タバコを吸うななどと、したり顔して忠告するようなフリをして俺の生活から空気を取り上げた。まだ取り上げたりないのか?
ラシ (立って来て、ヴィンセントの首に手をかけて)どうしたのフウ・ルウ? また、絵を描きに行ってたの? 冬の間ぐらい、ちっと休みなさいよ。ごらんなさい、こんなに痩せちゃった。今日もまた何にも食べていないんでしょ? 私三角パンを買って来たわよ。(テーブルの所へ駆けもどってパンを掴んでゴッホの方へ行き、握らせる)お食べなさいよ。
ヴィン ……。
ヴィンセントの声 (ますます早口で)嘘をつけ、淫売め! 今お前はこの男と何をしていたんだ? 俺をナメて馬鹿にしても、その手には乗らないぞ!
ラシ どうしたの、黙りこくって? ね、フウ・ルウ、今あたしポールさんに頼んでたのよ、アルルからどっかへ行っちまうの、フウ・ルウのために、よしてくれって、そしたら、行かないと言うのよ。そいじゃ、行かないで、あんたとズッと一緒にここに居るんだって。(ゴーガンに)ねえ、あんた。そうだわね、そうでしょ?
ゴー フフ。……(ただ笑っている)
ヴィンセントの声 さては、この女が手に入ったものだから、また当分この女に飽きるまでここに居ようと言うのか? ゴロつきの浮浪人め!
ヴィン ……。
ラシ だからさ、安心して、このパンお食べよ、ね!
ヴィンセントの声 いや、いや、いや、待て待て。……(同時に舞台のゴッホは無表情のままユックリ上手の階段の下へ行き、さげていた絵の道具を置く)いけない! 気をつけろ! 俺は、ゴーガンに昨夜のことをあやまって、仲直りをするつもりで帰って来たんじゃないのか? ルーランと一緒に一杯飲みながらも、俺はそのことをルーランに話して、ルーランに約束して来たんじゃないのか? 落ちつけヴィンセント。もっと素直な気持になれ。ゴーガンは、今の俺に取っては唯一人の友だちだ。そして俺よりもすぐれた天才だ。ラシェルは何だ? たかが一人の淫売だ。ラシェルをゴーガンが取りたければ取ったっていいじゃないか。それくらいのことで俺はポールを失ってはならない。失ってはならない。素直に、素直に、素直になって、俺はポールに詑びを言わなければならない。ければならない。
ヴィン (低くつぶやく)ければならない。ければならない。うん。
ラシ 何をブツブツ言ってるのよ。お食べよパンを。
ゴー どうした、うまく描けたかね? ……風がひどかっただろう?
ヴィン う? ああ、いや。
ラシ ホホ、ぼんやりしちゃ、いやだわよ。ね、フウ・ルウ、今夜お店へ来ない? いっしょにアブサン飲んで踊りましょうよ。そしたら元気が出るわよ。ううん、お金がなきゃ、なくてもいいわ。その代り、持って来て、ね、これ?(とヴィンセントの左の耳を引っぱる)ホホ、よくって? 来るわねフウ・ルウ?(ヴィンセント無言でうなずく)
ヴィンセントの声 この女は何を言っているんだ? さっきはゴーガンと抱き合っていて、こんどは、こんなことを言っている。こんな無邪気な顔をして、こんな明るい目をして、パンを食えと言って、金がなければ耳を持って来いと言って、耳? 耳、耳? 俺にはわけがわからない。どう言うんだ? どう考えたらいいんだ? わけがわからない、わからなくなった、わ、わ、わ――(言葉の間から裏のレストランからのファランドールの笛が曲の途中から鳴りはじめる)
ラシ あら、また、裏で笛を吹きはじめた。(踊りの調子に靴をカタカタ鳴らして)じゃ、あたい帰る。あんまりおそくなると、おかみさんにしかられるから。きっと来てよ今夜。いいわねフウ・ルウ。ポールさんも、どうぞね。さあさ、これチャンと食べて。(と、ゴッホの手のパンをちぎってその口にねじ込んでから、入口の方へ)さいならあ! ランラ、ラー、ラー、(ファランドールに合せて三つ四つ踊りの身ぶりをして靴を鳴らしてから、戸を押してサッと出て行く)

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取り残されたゴーガンとヴィンセント。ヴィンセントは立ったままで、バラバラの表情で、無意識にパンを噛んでいる。ゴーガンは、こっちからそれをジッと見守っている。……鳴りつづけるファランドール。
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ヴィン ……(顔が不意にゆがみ、両頬に涙が流れて来ている。自分ではそれを知らない。ファランドールに聞き入っているだけ。ヒョイと右手の三角パンを見る。そのパンを自
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