タン (客の手前、虚勢を張って)では奥さんとベルナールさんにコーヒーを持って来なさい。
おかみ ……(プリッとして、何も言わず上手の通路から奥へ去る)
ベルト きれいだ! ホントにきれいな色! ですけど、どうしてこの方は、こんな人の真似をなさるんだろう? 構図はゴーガンさんだし、日本の浮世絵なんぞグルッと描きこんだりしたのは、言わば、まあ、アンリ・ルッソウじゃなくって? タッチにはスーラさんも取り入れてある。
エミ 僕はそうは思わないですね。なるほど、影響は受けています。非常に素直だから。素直すぎるんです。なにしろ、去年、アントワープからパリに出て来て、出しぬけにマネエやピッサロやゴーガンを見さされて、たまげてしまって、自分も明るい色を手に入れなきゃならないと言うんで、一週間ぐらいの内にパレットの絵具をすっかり取り変えてしまったくらいですからね。そう言う男ですよ。情ないくらいに謙遜な、特にゴーガンの前ではまるで卑屈なんです。見ていて泣きたくなるくらいに気が弱い。
ロート 弱いかねえ? わしには猛烈すぎるように見えるがねえ。ゴーガンは人間は強引だが、絵では、自然と仲良くやって、つまり自然を撫でたりさすったりしている。こいつは、歯をむいて、噛みつこうとしている。ふん。……セザンヌが、こないだ、奴さんの自画像を見て「この人は気ちがいの絵を描いてる」と言ったっけか、フフ、さすがに、うがったことを言う。もっとも、そう言う夫子自身、ちゃんともう気がちがっているがね、へへ!
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そこへ、しかたがないと言ったふくれっ面で、おかみが三人分のコーヒーを盆にのせて持って出て、茶テーブルの上に並べる。
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エミ すみませんねえ、おかみさん。(おかみは黙々として、右手の売台の方へ行く。タンギイは立ったまま先程から三人の話をむさぼるように聞きいっている。表の飾窓の所には、着飾った若い夫婦が中の絵をしきりに[#「しきりに」は底本では「しきにり」]覗いている)
ベルト すると、トゥルーズ、あなた御自身はどうなの?
ロート もちろん、気がちがっている。こうして、曲った背中と、なえた足を持って貴族の家にオギャと生れた瞬間からね。(再び瓶から飲む)
ベルト あなたの言うことを聞いていると、たいがいの人が狂人みた
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