を反射してギラリと光って、先程飛ばされた裸のカミソリが床の隅に落ちているのが見える。ヴィンセントそれを拾いあげ、いぶかしそうに見ていてから、ゴーガンの寝室の方に眼をやり、再びカミソリを見る。何かを思い出せそうでいて思い出せないイライラしたものが彼の顔に現われる。……
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ヴィンセントの声 (背後から、低くささやくように)なんだ、これは? どうしたんだろう? うん? こんな所に裸のままで置いといてはあぶないじゃないか? ゴーガンが置いたのか? ゴーガン、ゴーガン……ゴーガンは、どうしたんだ? もう寝たのか?
ヴィン ……(ヒョッと何かを思い出すが、自分でも何を思い出したのかわからないで、妙な表情をしている)
ヴィンセントの声 いけない。あぶない! あぶない、こんな所に置いといては!
ヴィン ……(恐怖の顔、遠くの鐘の音にはじめて気づき、ビクンとして聞き入る)
ヴィンセントの声 なんだ、あれは? 今ごろ、今ごろミサがあるのか? いやいや、あれは俺の心臓の音だ。いや違う、あれは俺の頭の中で鳴ってるんだ! ……俺は気が狂ったのか、すると? どうして俺はこんな所に立っているんだ? いや、いや、今は、夜だ。俺はこれから寝るんだ。そうだ、俺は気が狂っているんじゃない! 俺は正気だ、チャンとしている! 俺は正しい! なあに、俺の精神は、カンカラン、カン、カラン、え、なに? 俺の精神は、俺は――
ヴィン ……(カミソリをランプを持った左手に持ち添え、ポケットから出したクレヨンで、すぐそばの正面の壁に、ブルブルふるえる手で急いで大きく書く。「おれは聖なる魂なり。おれの精神は、健全なり」……。その自分の書いた字を見ている。遠くから潮が寄せるように再び起るハミング。鐘の音はやんでいる)
ヴィンセントの声 さあ、もう寝ないと! 明日はまた早く起きて描かなきゃならない。よく寝ておかないと、また頭が痛んで、うまく描けないぞ。向日葵を仕上げるんだ。明日は向日葵を仕上げるんだ。早く仕上げてテオに送ってやらなくちゃ。あれを見たらテオは、きっと喜んでくれる! テオ、テオ、テオ、テオは向日葵を見れば、テオは立派な兄を持ったと思って、テオはよろこんで、テオは今まで仕送りをした甲斐があったと思って、テオは、テオ、テオ、テオ、向日葵、向日葵
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