サの腕を掴む)ホントに気が狂ったのか!
ヴィン 離してくれ! この絵は、君になぞ渡さないぞ!(カミソリを持った手を振りまわす)
ゴー あぶない!(その手をピシッと打つ。カミソリは室の隅へ飛んで行く。なおもあばれようとするヴィンセントを背後から羽がいじめにする)落ちつけ、ヴィンセント! 馬鹿!
ヴィン (酔いと昂奮としめ上げられているため、既に言うことに脈絡がない)くしょう! 俺は駄目だ! ダニだ! テオに厄介になっている価値がない! そうだ、へへ。人真似なんだ! 俺の絵は人真似だ! そうだよ、そうだよ、ポール! お前さんは偉大な画家だ、天才だよ、畜生! 放せ! 俺はな、もう絵なんか描くのよして、ラシェルの所へ行くんだ、耳を持って行ってやる! 放せと言ったら! (しきりともがくが、ゴーガンの強い腕でしめられているので動けない。そのうち体力が尽きたのか不意にクタッとなって、ウウ、ウウと泣くような唸り声を出す。口からヨダレをたらしている)
ゴー (抵抗がなくなったので、びっくりして)どうした? おい?
ヴィン (ほとんど失神している。ゴーガンの足元にクタクタとくずれ折れそうになりながら、うわごと)うう、うう……テオ、許してくれ。許してくれテオ! ううん。
ゴー しっかりするんだ!(相手が発作のようなことを起していることを見て取り、倒れこみそうなヴィンセントの身体をグッと抱えあげ、どうしようかと、あちこち見まわした末に、階上の寝室を見上げ、やがてヴィンセントを抱えて、階段の方へ行き、ゆっくりそれを昇って、寝室に入り、ヴィンセントをベッドに寝せる。ヴィンセントはグッタリして意識がないらしい。……それをジッと見おろしていたが、やがてその額に手を当てて、そのまま眠るらしいのを見すましてから、寝室を出て、いったんドアをしめるが、また開け放って、階段をおりて来る。室の中央まで来て、階上を見あげ、ヴィンセントが寝ているのでホッとして、しばらくジッと立っている。切られた「向日葵」のカンバス。……気がついて、カミソリの飛んだあたりへ行き、床の上を見まわすが、見つからぬ。なおもその辺を捜すがないので、あきらめて、テーブルの所へ来て、椅子にドッカリと腰をおろし、再び階上を見る。……それから目の前の壺にさした向日葵を見るともなく見ていたが、やがてテーブルに両肱をつき、両手で顔を蔽うて、動かなくな
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