来たの。あの、ブリュッセルから、おいでになって、ここの先生に会いたいからって。おっ母さんが、ご案内しろと言うから――
ヴェルネ そうか。……(ヨングに)そいつはどうも失礼いたしました。そうでございますか。そりゃまあ、遠い所を。まあま、おかけんなって。どうぞ。(と椅子をすすめる)
ヨング ……(僧服のすそをめくって、椅子にかけ)ベルギイ福音伝道教会ブリュッセル委員会から参った者です。ふむ。
ヴェルネ そりゃまあ、ようこそ――この、なんでやす、わしら、こちらの先生からいろいろお世話になっております坑夫でございまして――わしはヴェルネと申しまして、こっちに居ますのは――
ヨング ああ、よろしいよろしい、かまわないで下さい。ふむ。(と全く相手にしない)ここが、たしかにヴィンセント・ヴァン・ゴッホの住いだな?
ヴェルネ はいさようで。ここでございます。ええと、今日は、なんでございます、先生はチョットこの、よそに――チョット出かけていられまして――わしらも、こうして待たしてもらっているようなわけで――(ヨングの眼がジロリと老婆の方へ行くのを追いかけて)これはバコウと言いまして、亡くなったせがれのために、こちらの先生に御祈祷をあげてもらうために――
ヨング よろしいよろしい。私も待っていましょう。ふむ。(その癖のふむという鼻声が、相手を全く無視して、取りつく島がない)

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間。老婆が口の中でブツブツと祈っている声。
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ヴェルネ (マジリマジリしていたが、やがて娘に)ハンナ、そいで、なにかな、長屋のみんなは、どうしている?
ハンナ うん。四十人ばかり、小父さんやおかみさんが、かたまってね、事務所の前に居る。日給は今まで通りでいいから、入坑させてくれって、そう言って。フランシスの小父さんが、みんなを代表して事務所に頼んでいるんだって。
ヴェルネ そうか。フランシスがか?
アンリ そいつは、まずい! まずいぞ、そいつはフランシス! 俺たちが行くまで、どうして待ってくれねえんだ。そんなことすりゃ、会社の奴あこっちの腹あ見すかしてしまって、出来る話が出来なくならあ! なんとかしねえじゃ、そいつは、まずいぞ!
デニス 見ろ、鼻の先から、そう言う奴らが居るんだ。フランシスの裏切野郎!
ヴェルネ まあま
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