買Bン シャッポは?
タン ああ、そうそう。(と、壁の下方にかけてある麦わら帽子をかぶる。「タンギイ像」のタンギイになる)
ヴィン ……(それを見、次にパレットの上で絵具をつけた筆をカンパスに持って行き、塗りかけるが、塗らないで、筆を持った手で、自分の額をつかむ)
タン どうしました?
ヴィン ……頭が痛い。
タン あんまり、この、昂奮なさるから。……いっとき休んでいったらどうですかな。
ヴィン いや、大したことはない。近頃ちょいちょい、こんなことがあるんだ。……痛むと言うよりも、何か鳴るんだ。キューンと鳴って、そこら中がキラキラと白く見える。
タン あんまり根をつめて描き過ぎるんじゃありませんかねえ。……すこし旅行でもなすったら? ……アルルかニースあたりに行ったらって、ロートレックさんも、こないだ言ってらしたじゃありませんか?
ヴィン ロートレック……あれは良い男だ。アルル……でも、そんなことをすると、また金がかかる。テオドールに苦労をかけることになる。……そうでなくても、テオは楽ではない。そりゃ、僕の描いた絵はみんなテオの物になると言う約束で金を出してくれていて、嫌な顔などテオはしない。しないけど時々僕は、すまなくなることがある。
タン テオさんて方は、まったく良い弟さんだ。兄さんのことをあんだけ気にかけている弟と言うのは見たことがありませんね。
ヴィン 僕にはもったいない弟だ。だのに、僕は一生あれの厄介になり、あれを苦しめなけりゃならない。だって、僕の絵はまだ一枚も売れない。
タン なに、そのうちに売れますよ。これだけ立派な絵を描いていらっしゃるんだ。そりゃ、みんな、すぐれた絵かきさんは、なかなか認められません。現にピッサロさんやマネエさんなどもう五十過ぎです。それが、やっと売れはじめたのはこの二、三年のこってす。世間と言うものはそんなもんでさ。目の前で天才が飢えて死んでも知らん顔をしているくせに、ズーッと後になるとヤイヤイもてはやす。世間と言うものは、そういう馬鹿でさ、私なんぞ、なんにも深いことはわかりゃしませんけど、絵が好きですからね、とにかく良い絵と悪い絵くらいはわかりますからね、まあとにかく、すぐれた絵かきさんで、世間の馬鹿が認めないために貧乏している皆さんのために、ホンの少しでも役に立てばと思って、こうやって絵具屋をやっていますが――
ヴィン 小父
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