などに出入りしたりして、おとなしい様子はしているが、もともとシベリヤ方面をウロついたりした事もある男で、いけないとなったらそれぐらい、やりかねない。
下士 いえ、そういう形跡はありませんです。
伴 そうかね、じや、訓練がすこし過ぎたんじゃないか?
下士 いいえ……はあ。……わたくしは――。
[#ここから2字下げ]
(プツンと言葉を切って不動の姿勢で壁を見ている)
[#ここで字下げ終わり]
伴 ……(その棒のような相手の顔を見ていて、しまいにニヤリと笑って)いいさ。――だが、あまり手荒らく扱ってはいかんぞ。……医者に見せたりせんならんで、あとがめんどうくさい。……で、あの雑誌記者は、どうしてる?
下士 あれは、昨日から非常にしゃべりだしておりまして、今朝も自分から是非申しあげたい事があるといって聞きませんので、須山中尉殿の方へ、さきほど出頭させることに――はあ。
伴 例の――なには、カケて見たかね?
下士 昨日、三回ばかり。かなり効果があります。
伴 四号の男にも、かけたか?
下士 はあ。しかし、あれには、あまり効果がありません。電圧をあげますと、ただ、卒倒するだけでして――
伴 よし。じゃ、あれを、此処に連れて来させるように、いっといてくれ。よろしい。
下士 は。それでは――(挙手の礼をして室を出て行くべく扉を開ける。その開いた所へ、出あいがしらに、廊下の方からフラフラと入って来る雑誌記者浮田。久しく着たきりでヨレヨレの背広の背中やズボンが裂け、蒼白な顔が動かず)
下士 ……こっちじゃないお前は。向うの須山中尉殿の室だ。
浮田 はい。(かがとを鳴らして足をそろえて不動の姿勢になり、伴の顔に注目したまま、いきなりべラべラとしゃべりはじめる)申しあげます。この、日本を主導者とする東亜共栄圏の確立は、すでに東洋全体の必然であると同時に、世界の必然であり、必要であります。政治的経済的に、この事は立證されることは、もちろんでありますが、更に文化的にも哲学的にも立證することのできるものでありまして、人生と社会と国家及び諸国家の連合などに関するヨーロッパ的理念は、もはや崩壊しておりまして、その点、くわしく具体的にのべておりますと、くだくだしい事になりますから、省略いたしますが、私が考えに考えたあげく到達しました結論だけを申しあげるのですが、その、ルネッサンスにおいてキャソリシズム
前へ 次へ
全90ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング