ったんじゃないんだろうかと思った事はないかね?
友吉 それは、そんなふうに思ったことも、あります。しかし、僕の頭はどうにもしたんじゃありません。エスさまは、チャンといらっしゃるんですから。
宗定 ふんふん。よろしい。大体まあ、それでよいが、この、なんだぜ――
人見 ああ! ……(それまで宗定と友吉の問答の一つ一つを、緊張のために眼をむきだして聞いていたのが、この時、苦脳のうめき声を立てる)あの、なんです、この……おい片倉! 君も、この、君は考えてくれなくては困る! 信仰は――この宗教上の信仰の点では、君は、えらい。いや、その、えらいようだけれども、それは君、狂信だ。たしかに狂信だ。そりゃ、聖書に書いてあることを、そのままに信ずるという事は、大事ではあるけれど――いや、この、聖書のことだって、いろいろの解釈が有るのだ。解釈しだいで、この、なんです、つまり――いや、われわれはキリスト教の信者であると同時に、いや、信者である前に、日本国民だよ。だから、信者として守らなければならぬ信仰上の事がらも――いや、それも大事だけれど、その前に、日本国民として守らなければならぬ事が有る。それを忘れてだな、聖書の言葉をウノミにして自分を押し通そうとする事は、日本国民としてあるまじきことだし、いや、それよりも、実はキリスト教徒として、それは、まちがっている事だ。いいかね、友吉君! 今、君がいったような事は、言葉の、文字の上では正しいようだけれど、実際に於ては、まちがっている! そうじゃないか? だって、向うには、つまり敵国は、キリスト教国なんだから、日本よりたくさんのキリスト教徒がいる。その国が、その国の人間が、誰も戦争に反対してはいないのだ。進んで戦争に参加しているじゃないか。え、どうだ? それを見ても、君のそのような狂信が――
友吉 ……それは、向うのキリスト信者も、まちがっているんです。
人見 そ、そんなふうに思うのは、君のゴーマンさだ。世界中の人間がまちがっていて、自分だけが正しいと思うのはゴーマンさだ。いいかね? 信仰上の事は、神の国のことだ。霊に関することだ。しかし、われわれが生きているのは、この世だよ。この現世だ。つまりケーザルによる社会だ。われわれには霊も有るが、肉体も持っている。肉体には、食物も必要だし、食物のためには、戦うことも必要だ。そのためには、しかたがなければ戦
前へ
次へ
全90ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング