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明 治子さん、……俺あ……兄きと、あんたと……いや、あんたは、いいんだ。……だけど、俺は……兄きの事を……兄きは、俺の、カタキだ。……こんだ逢ったら……。(つぶやくように切れ切れにいい、眼はジッと憎悪をこめて治子を見つめながら、無意識に血だらけの左手を空に一杯にひらき、それでグッと物をつかむ動作をする。その左手のシワの中に、かたまりかけた血液が、赤黒くスジになって光る。それを見つめている治子の、石化した顔。……北村とシルエットの静代とが、二人を見まもっている)……フ! (明の、つとめて笑おうとしてゆがんだ顔が、ベソに近くなってくる。暗くなる)
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ガランとした柔剣道道場。
半分は板じきで、半分はタタミじき。正面に体操用の肋木台。その肋木に両腕をしばりつけられて、土気色の顔の、眼をつぶり、青バナを垂らし、ヒクヒクとあえいでいる片倉友吉。左腕は上膊から肱の下までホウタイが巻き立てたのが、折れて不自然なかっこうに垂れている。
その足もとから五、六歩はなれたユカの上に、右手に竹刀を握りしめたまま、うつぶせにたおれている父の義一。黒背広を着た中年の今井が、かがみこんで老人の背に手をかけて、のぞきこんでいる。人見勉がタタミの部〔分〕にキチンと坐り、すくみあがっている。
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今井 ……だから、いわない事じゃないんだ。これくらいな事で、転向するような大将なら、ぼくらも苦労しやしないさ。……(ノロノロと、人見に話しかけるような、話しかけないような調子でいうが、人見が口をパクパクするだけで答えないので、又つづける)憲兵隊でも、そうとうな目に逢ったようだし、ここへ来てからも、まあなんだね、以前の左翼の連中なんかよりや骨を折らせてるんだ。もう、とにかく、ぼくらもアグネきってるんだよ。実際めいわくな話さ。一体からいやあ、憲兵隊で、始末すればいい事だあ。警察へまわしてよこすなんて、筋ちがいだもんなあ。軍法会議へかけたりして処罰したりすると公けの問題になるし、外部に洩れると、国民の士気に関するからだというんだそうだがね。だって、警察に置いときゃなおのことだろう、第一、もう、工場でもみんな知ってるというし、家では町の者が石を投げてるというんだろう?いまさら外部に洩れるものじゃないかね。けっきょく、責任問題なんだね。自分た
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