悪かあ無え代物さ。腐れ金で建てた百姓家の一軒や二軒灰になつた位が何んだ!」
 スミ、びつくりして「へつ! あんですか?」

 土方「いや、さうぢやなからうかと言つてゐるんだ。ビツクリしなくともいい。アハハ。お前さんは気立てのいい娘だ。お前さんの様に腹ん中の綺麗な人を見るのは、私あ初めてだ。――東京に何をしに行くね?」
 スミ「一六さん、待つて居ります」
 土方「兄さんかね?」
 赤くなつて、かぶりを振るスミ。
 土方「御亭主か? さうか。ぢやお前さん嫁入つて行くんだね?」
 スミ「……(小さい声で)へい」
 土方「さうか、そいつは、めでたい。可愛がつて貰ひなよ。お前さんを嫁に持つ男は日本一の仕合せ者だ。さうか!」
 スミ「んで、小父さんは、こいから、どこへ?」
 土方「何処へ?……さうだ」
 考へてゐたが、隅の刑事と信太郎の方を見て、フイと立ち、ヂツと見詰めてゐる。――

 再び坐つて、お若を眼で捜して、少し離れた所に居るお若に、
 「あんたあ、町へ身を沈めるのは止しにして、村へ帰つて、あの人の帰るのを待つてゐるがよいよ。あの人は二三日したら放免されて戻つて来るさ。帰りな」

 お若は訳がわからず反問する。

 土方「俺がさう言つてゐるんだ。俺の言ふ事が信用ならねえのか!」と怒鳴る。
 お若「では帰ることにします」

 やつと笑ひ出す土方。
 土方の血だらけの〔手を〕手当してやるスミ。
 スミに向つてする土方の短い述懐。
[#ここから2字下げ]
地主邸放火の件を自首して出る気になつてゐる事を短く、鋭く。
それは悔悟の気持からではない。人生観の自己崩壊からである。――この点を強くダイアローグの中に入れる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
 無心にホータイをしつつ聞いてゐるスミの手の甲にポタリと落ちて来たものがある。
 びつくりしてスミが見上げると土方の眼に涙が一杯。涙を拭きもしないで、スミを見たまま頬笑んでゐる土方。

○そこへ車掌が来て、線路の岩の取りのけがスツカリ済んだから、直ぐ発車しますと告げる。
 喜び湧立つ車室内。

 楽士達が、おどり上つて楽器を鳴らしはじめる。楽隊。(音楽、楽隊。元気の良い行進曲かなにかを)

○列車動き出す。初め徐行。崖くづれの個所を通り過ぎた後で速力を出す。

 客車内は明るい。喜び勇んだ乗客達と、豚達と、それから、鳴り渡る奏楽を乗せた列車が、暗い夜の中を走る。(朝にすれば変る)

○E市の警察署(らしい)近くを刑事と信太郎、それに曲馬団の一人に連れられたスミが行く。
 少し離れて、お若が行く。それから土方が附いて行つてゐる。その後からキヨロキヨロと旅商人が追つて行く。
 警察署の表札の下部が見える。
 その門内へ、右の人々が次々に入つて行く。土方も入つて行く。
 門の所に旅商人だけが取残されてポカンとしてゐる。

○鬚を生やして眼鏡をかけた制服の人(署長)が何か聴取してゐるらしい顔。

 壁の上の八角時計。

○制服を着た右手が、壁につるした大きなメクリ暦を一枚めくり、二枚めくり、三枚めくる。

○朝。
 陽がカツと明るく照してゐる。
 通用門の外である。代書屋がある。
 代書屋の前でシヤガンで、人待顔に通用門の方を見てゐるのは旅商人。

 通用門から、ニコニコして包みを持つた信太郎来る。
 続いて荷物を持つたスミ。それからお若。三人とも喜色を浮べて。――スミは片手を廻して背をポリポリ掻いてゐる。

 信太郎とお若がスミに礼を述べる。
 そしてお若が「私達は真直ぐ村に帰るので、これは要りませんから、どうぞ取つて下さい」
 と貰つた金を返す。
 「しかし汽車賃が要るだから」とその中の二三円をお若にやるスミ。頂いて礼を述べる信太郎とお若。
 スミ (門内を振返つて)「んでも、あの小父さんもなるべく軽くて済めばよい」
 三人門内を振返つてゐる。

 やがて三人、互ひに旅の無事を祈り合ひ、なつかしさうに涙ぐみつゝ振返りつゝ別れる。(スミは省線の駅の方へ。信太郎とお若は軽便の始点の方へ)――
 ガツカリ見送つてゐる旅商人。

○スタスタ急ぐスミ。
 「おすみさん――と言ひましたね」振返ると旅商人だ。
 「これからどちらへ?」
 返事をせず歩き出すスミ。しつこく追つて来て色々話しかける旅商人。果ては荷物に手を掛ける。
 振返つて、いきなりスパツと相手の頬に平手打ちを喰はせるスミ。向直つてトツトと歩いて行く。――
 毒気を抜かれてポカンと見送る旅商人。

○上野駅のプラツトホーム。
 心配そうに焦々して待つてゐる楠一六。彼の手に電報。
 その発信局の名がE市の駅。それが彼には訳がわからぬ。

○列車到着。
 一六、眼を皿にして捜すがスミの姿無し。箱を次々にあわてて捜し
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