って千歯にかけながら、いきなり話し出す)へえ、昔なあ、板橋の下の宿に五兵衛と言う半百姓の猟師がいた。えら年功を終た[#「終た」はママ]熊が出やがってなあ……うむ、昔はこの辺にも熊が居たそうだ。畑あ荒すし、第一、物騒で山仕事も出来ねえつうので、とっつかまえろと言う事になってよ、この奥に追い込んだ。……そんで五兵衛さんと言う衆が、そいつば打ちに行く時に……じょうぶ[#「じょうぶ」は底本では「じようぶ」]でけえ熊だで命がけだ。……そで無くても、冬のさ中の雪の深い山ん中へ行くだから、下手あして、崖にでも落ちると、凍えて[#「凍えて」は底本では「凍へて」]死なあ。……その出がけに、五兵衛と言う人が、おかみさんに言ったそうだ。俺が戻って来るまで、火ば絶やすな。……そ言って出たっきり、三日三晩というもの戻って来ねえ。おかみさん心配で心配で、何にも手が附かねえ。んでもほかにどうしよねえから、胸ん中で亭主の無事を念じながら、セッセと火じろを燃やしてたそうだ。
女 ……(めんくらって)なんの話だえ?
百姓 (相手の質問を無視して語り次ぐ。その間も麦こきの手は休めない。傾聴している青年)……三晩立って、四日目の昼過ぎ五兵衛さん半死半生で戻って来ての話にな、熊に出会って、鉄砲玉あ奴の身体にぶち込んだにやぶち込んだなれど、死んだとも何ともハッキリ見とどけねえ中に、此方も崖からすべり落ちて頭あ打って、気い失ってる間に夜になっていた。気が附いて沢伝いに歩き出したが、とうとう道に迷っちまったそうだ。いくら歩いても里へ出ねえ。腹あ空くし、疵は痛む。その中に凍えて眠くなっちまって雪ん中でぶっ倒れてチョット寝ていちゃ、こうしていてはいけねえと気い取直しちゃ少し歩き、又あ眠くなって、ぶっ倒れる。又、歩く、……へえ、じょうぶ苦労して、やっと戻って来たそうなが、その眠くなっちゃ雪ん中さつっころげてウトウトしかけると、きまって、おデコの辺がムシムシしてな、家の火じろで火が燃えてるのがチラチラ見えたそうな。そんで、こうしていちゃいけねえと思っちゃ、引っぺがすようにして歩き出したそうだ。……あん時が危なかったと言って、後になって五兵衛さん身ぶるいしていたそうな。俺が小せい時に聞いた話よ。ふむ……そ言ったもんで、どこの家でも、火じろにゃ、火の神さまが住んでござらっしゃらあ、亭主が居る時は、亭主が火を燃す。……亭主が留
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