ことでも、そのほか此処らの村で目ぼしい事は、ばさまが大概先頭だ。ほかの者あ、大概理屈を言ってから、その理屈がのみ込めてから、はじまる。ばさまは理屈言わねえ。やらなきゃならん事は、やるべし。そんだけだ。ほかの者が理屈言ってる間に、ばさま手を出しちゃってる。米麦増産だあとなったら、黙あって、あくる日から自分だけ、今迄、朝五時に畑さ出ていた[#「出ていた」は底本では「出てい 」]奴を四時に出はじめたのもばさまだ。
青年 四時にですか?
中年 此処だって……此処は村の草刈場でね、共有の入会地だ。おとどしだったか、一人でコリコリやってると思ってたら、見る内に麦い蒔いちゃってる。じょうぶ[#「じょうぶ」は底本では「じようぶ」]、手が早えと言っても!
青年 (麦畑を見まわして)これを一人でねえ……。
中年 ハハハ……(立ちあがって、黙って麦束を掴んで千歯に寄る。一言も言わなくても、代って麦こきをする気であることが解り、若い女は麦こきの手を止めて、わきに寄って、立って見る。その交代する様子が、馴れていると見えて、自然である)……(ブリブリとこきながら)へえ、近頃じゃ、村会のお旦那の言うことなど、どうかすると聞かねえ者も、ばさまの言う事は聞きやす。もっとも、ベラベラしゃべくるわけじゃ無えから気が附かねえ者あ、まるきり気が附かねえ。黙ってやってるのを、一人二人と見ならってやって行くだけだがね。……(青年はジット眼の前を見詰めていて返事をせぬ。中年男は三束四束とこき進んで、しばらく口をつぐんでいたが、何を思い出したか、急に笑い出す)ハッハハハハ、ハハハ……だども……ばさまにも一つだけ、どうにもならねえ事がある! 弘法さまにも筆のあやまりか。ハハハ……
青年 ……?(中年男を見る)
中年 こいつだけは、畑で作り出すわけにゃ、いかねえから、いい気味だ。なあシゲちゃん。お前、持って来たかえ?
女 へえ、いや……二三日前、小諸に行ったもんで捜したけど、近頃配給になってしまって、ロクなもん手に入らなくて……(帯の間から紙につつんだ小さい物を出す)ホンの二三本……
中年 縫針かあ、そいつは豪勢だ。俺あ、へえ、捜したりしている暇あ無えし、仕方無えで、組内かっさらって、木綿糸が、たったこいだけだ。(笑いながら、懐中から小さく巻いた糸のかたまりを出す)
青年 ……?
中年 (物問いたげにしている青年を見て
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