てしまったような景色である)
百姓 (食べながら)……お前さまも一つ食って見なせえ。(一つを取って、握り飯を食べ終って水筒を開けかけている青年に手渡す)
青年 なんですか、これ?
百姓 おヤキと言ってな、ここいらの食い物で、大して、うまかあ無え。(人が土産にくれたものをズケズケと[#「ズケズケと」は底本では「ヅケヅケと」]言う)
中年 (若い女を顧みてクスリとして)ばさまにかかっちゃたまったもんで無え。(青年の方へ眼を移して笑いながら、食っている)
女 ……(ニッコリして、これも青年を見る)
青年 やあ!(口をつけて呑もうとした水筒がスッカリ空である)
百姓 水かえ? 水なら……(傍のムシロの端に置いてある黒いヤカンと茶碗を取ってやる)
青年 すみません……(ヤカンから茶碗に水を注ぐが、水はチョロチョロと少しばかりこぼれて来るだけ。変に思ってヤカンのフタを開いて覗いて見て笑い出す)
百姓 ……?(口を動かしながら青年の顔を見る)
青年 川はどっちに有りますか?(立ち上る)
百姓 うん?
青年 汲んで来ます。
百姓 あ、そうかえ!(大きな声を出す)そうそう、うっかりしていた、空だったて! ハハハハ、阿呆だ、俺は!(立って)よしよし、へえチョックラ汲んで来やす。(青年からヤカンを取る)
青年 いや、自分が行きますから。(上手を指して)この下でしょう?
百姓 下は下でも、ここいらの沢あ深いで、五六丁も谷をおりる。第一、路なんぞ無えから、お前さまにゃ無理だ。
青年 でも、それじゃ――
女 (既に歩き出している百姓の後を追うようにして)おばさん、水汲みなら、わしが行って来やすから。
百姓 なにさ、俺あ、ついでに川っぷちのタンボの水加減見て来なきゃなんねから……お前はそこで休んでいな。
女 水、おとすんかい? 水おとす位の事なら、わしにだって出来るから。
百姓 おとすんじゃ無え、水口の温度見て来るだ。今日ら、少し煮えてるずら、今丁度稲あホキてる最中だからな、下手あするとしくじらあ、……(立停って)それとも、シゲにタンボの水加減、わかるか?(からかうようにニヤニヤして女を見る。女はモジモジしている)
中年 やあ、そいつはおシゲさん、やめにしときな。此処らの稲作のことで、そのばさまにかなう者は居るもんじゃ無え。(笑う)
百姓 ハッハハ。(笑いながら、上手のカシバミの叢を分けてサッサ
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