」]、頬かむりの上から小さい菅笠をかむった、このあたりの百姓姿である。着ている物の全部が縞目もわからぬ程になった古いもので、そのあちこちを何十度繕ったものか、まるでさしこの着物の様になっている。僅かにかむっている手拭だけが少し白い。
青年はそれを眺めている。百姓は、しかし、山国の人が山の中で一人で働く時の常で、そのあたりに人が居ようなどとは思っても見ないので傍目もふらず、直ぐに又、何かわけのわからぬ鼻唄を無心にフンフンとやりながら麦畑のウネをヒョコリヒョコリと越えて穂波の中にもぐり込んで行き、鎌を掴んで、再び刈りはじめる。その急ぎはしないが、又休みもしない鎌の音と、低い鼻唄が静かにきこえる。そう言えば、その鎌の音と鼻唄とは、まるで高原の真昼の静けさ自身のつぶやきのように、はじめからきこえていたのである。……もっ立てた尻が、麦の波の中に動く。青年、水筒の口をとり、水を呑みながらおかしげに動く尻を見ている。
――間。
やがて再び、百姓は刈取った麦を抱えて、仕事場の方へ。
[#ここで字下げ終わり]
青年 ……(近づいて来る百姓を見迎えて)あのう、ちょっと[#「ちょっと」は底本では「ちよっと」]――?
百姓 わい!(ビクッとして一二歩飛び退るようにする。無心に歩いている子供が不意に物蔭から飛び出して来たものにおどかされるのと同じで、仕事に没入しきって何物も見も聞きもしなかったのを急に呼び醒されて驚いたのである。眼をパシパシさせて青年を見る)ほっ!
青年 ……(相手の驚きようがあまりひどいので、却って此方がビックリして)あのう……チット[#「チット」は底本では「チッっト」]、伺いますが……。
百姓 へえ……あんだあ。(おかしくなって)ハッハッハハ。フッ!
青年 ……どう――?
百姓 ハハ、出しぬけだもんで、へえ――(クスクス笑いながら仕事場の方へ行き、麦束を置く)
青年 (これも笑いながら、それについて五六歩行く)……麦ですか。おそいんですねえ、此の辺は。
百姓 うん?……(まだクスクスやりながら、腰の手拭を取って襟もとの汗を拭きながら、曲った足腰をウネの間に突っぱるようにして立ち、青年の頭から足の先まで見上げ見下している)うむ。……赤獄の天狗さんかと思うたよ。じょうぶ[#「じょうぶ」は底本では「じようぶ」]、びっくらした。ハハ。……学生さんでやすかい?
青年 ? いえ
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