して別に名案もないからただ主人公たる君が大奮発をするより外に仕方がない。『文庫』『新声』など一時景気のよいものが皆駄目になるのは時候|後《おく》れだからと思います。『ホトトギス』も売れるうちに色々考えて置かぬとならんでしょう。まず巻頭に毎号世人の注意をひくに足る作物を一つずつのせる事が肝心ですね。それから君は毎号俳話をかいて、四方太は毎号文話でもかいたらどうです。四方太は原稿料が出ない、といってこぼして居るがあの男はいくら原稿料を出しても今の倍以上働くかどうか危《あや》しいものだ。とにかくもっと活気をつけたいですね。小生余計な世話を焼いて失敬だが『ホトトギス』が三、四千出るのは寧ろ異数の観がある、決して常態ではない。油断をしては困る事になると思います。そんなら僕に何かかけと来るかも知れんが僕は取りのけ別問題です。ちょっと手紙をかく序があるからこれを差し上げます。苦い顔をしてはいけません。頓首。
[#ここで字下げ終わり]
一月二十六日[#地から3字上げ]金
虚子様
○
明治三十九年三月二十六日(封書)
[#ここから1字下げ]
拝啓 新作小説存外長いものになり、事件が段々発展ただ今百〇九枚の所です。もう山を二つ三つかけば千秋楽になります。「趣味の遺伝」で時間がなくて急ぎすぎたから今度はゆるゆるやる積《つもり》です。もしうまく自然に大尾《たいび》に至れば名作、然らずんば失敗、ここが肝心の急所ですからしばらく待って頂戴。出来次第電話をかけます。松山だか何だか分らない言葉が多いので閉口。どうぞ一読の上御修正を願たいものですが御ひまはないでしょうか。艸々
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]金
虚子先生
○
明治三十九年四月一日(封書)
[#ここから1字下げ]
拝啓 雑誌五十二銭とは驚いた。今まで雑誌で五十二銭のはありませんね。それで五千五百部売れたら日本の経済も大分進歩したものと見てこれから続々五十二銭を出したらよかろうと思います。その代りうれなかったらこれにこりて定価を御下げなさい。『中央公論』は六千刷ったそうだ。『ほととぎす』の五千五百は少ないというて居りました。来月もかけとは恐れ入りましたね。そうは命がつづかない。来月は君の独舞台《ひとりぶたい》で目ざましい奴を出し給え。雑誌がおくれるのはどう考えても気になる。三十一日の晩位に四方へ廻して一日から売りたかったですな。校正は御骨が折れましたろう多謝々々。その上傑作なら申し分はない位の多謝に候。『中央公論』などは秀英舎へつめ切りで校正しています。君はそんなに勉強はしないのでしょう。雑誌を五十二銭にうる位の決心があるなら編輯者も五十二銭がたの意気込みがないと世間に済みませんよ。いやこれは失敬。
僕試験しらべで多忙。しかも来客頻繁。どうか春晴に乗じて一日川があって帆懸舟の通る所へ行って遊びたい。それから東京座の二十四孝というものが見たい。今月は『新声』でも『新潮』でも手廻しがいい。みんな三月中に送って来た。これを見ても『ホトトギス』は安閑として居てはいけない。然しそれは漱石の原稿がおくれたからだと在っては仕方がない。恐縮。
藤村《とうそん》の『破戒《はかい》』という小説をかって来ました。今三分一ほどよみかけた。風変りで文句などを飾って居ない所と真面目で脂粉の気がない所が気に入りました。何やら蚊やら以上。
[#ここで字下げ終わり]
四月一日[#地から3字上げ]金
虚先生
○
明治三十九年四月四日(葉書)
[#ここから1字下げ]
「畑打ち」淡々として一種の面白味あり。人は何だこんなものと通り過ぎるかも知れず。僕は笹の雪流な味を愛す。ただ学士の妻になり損なったものが百姓になって畠を打つほど零落するのは普通でない。「小説家」という文はわる[#「わる」に傍点]達者である。「寮生活」も多少軽薄也。しかも両篇とも僕の文に似て居るから慚愧《ざんき》の至りだ。これにくらぶれば「素人浄瑠璃《しろうとじょうるり》」などの方遥かに面白し。
藤村の『破戒』というのを読んで御覧なさい。あれは明治の小説として後世に伝うるに足る傑作なり。『金色夜叉《こんじきやしゃ》』などの類にあらず。
五千五百部はうれましたか。五十二銭が高いと思ったら『明星』も五十二銭だ。随分思い切ったのが居る。その代り『明星』はうれません。
[#ここで字下げ終わり]
四月四日[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治三十九年四月十一日(封書)
[#ここから1字下げ]
拝啓 僕名作を得たり、これを『ホトトギス』へ献上せんとす、随分ながいものなり、作者は文科大学生鈴木三重吉君。ただ今休学郷里広島にあり。僕に見せるために
前へ
次へ
全38ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高浜 虚子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング