あ》きたようだから自分に構わず開いて頂戴。「猫」は出来れば此方から上げます。一体文章は朗読するより黙読するものですね。僕は人のよむのを聞いていては到底是非の判断が下しにくい。いずれ僕のうちでも妻君がバカンボーを腹から出したら一大談話会を開いて諸賢を御招待して遊ぶ積りに候。頓首。
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十一月二十四日[#地から3字上げ]金
虚子先生
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僕は当分のうち創作を本領として大《おおい》にかく積りだが少々いやになった。然し外《ほか》に自己を発揮する余地もないからやはり雑誌の御厄介になる事に仕った。この度の「猫」は色々かく事がある。その内で苦沙弥《くしゃみ》君の裏の中学校の生徒が騒いで乱暴する所をかいて御覧に入ます。(三八、一一、二四)
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○
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拝復 十四日にしめ切ると仰せあるが十四日には六ずかしいですよ。十七日が日曜だから十七、八日にはなりましょう。そう急いでも詩の神が承知しませんからね[#「詩の神が承知しませんからね」に傍点](この一句詩人調)。とにかく出来ないですよ。今日から『帝文』をかきかけたが詩神処ではない天神様も見放したと見えて少しもかけない。いやになった。これをこの週中にどうあってもかたづける。それからあとの一週間で「猫」をかたづけるんです。いざとなればいや応なしにやっつけます。何の蚊のと申すのは未だ贅沢をいう余地があるからです。桂月《けいげつ》が「猫」を評して稚気を免かれずなどと申して居る。あたかも自分の方が漱石先生より経験のある老成人のような口調を使います。アハハハハ。桂月ほど稚気のある安物をかく者は天下にないじゃありませんか。困った男だ。ある人いう、漱石は「幻影の盾」や「薤露行《かいろこう》」になるとよほど苦心をするそうだが「猫」は自由自在に出来るそうだ。それだから漱石は喜劇が性に合って居るのだと。詩を作る方が手紙をかくより手間のかかるのは無論じゃありませんか。虚子君はそう御思いになりませんか。「薤露行」などの一頁は「猫」の五頁位と同じ労力がかかるのは当然です。適不適の論じゃない。二階を建てるのは驚きましたね。明治四十八年には三階を建て五十八年に四階を建てて行くと死ぬまでにはよほど建ちます。新宅開きには呼んで下さい。僕|先達《せんだっ》て赤坂へ出張して寒月《かんげつ》君と芸者をあげました。芸者がすきになるにはよほど修業が入る。能よりもむずかしい。今後の文章会はひまがあれば行く。もし草稿が出来んようなら御免を蒙る。以上頓首。(三八、一二、三)
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十二月三日[#地から3字上げ]金
虚子先生
○
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時間がないので已《やむ》を得ず今日学校をやすんで『帝文』の方をかきあげました。これは六十四枚ばかり。実はもっとかかんといけないが時が出ないからあとを省略しました。それで頭のかった変物が出来ました。明年御批評を願います。「猫」は明日から奮発してかくんですがこうなると苦しくなりますよ。だれか代作が頼みたい位だ。然し十七、八日までにはあげます。君と活版屋に口をあけさしては済まない。(三八、一二、一一)
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[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
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啓 先刻の人の話では御嬢さんが肺炎で病院へつめきりだそうですね。少しは宜《い》いですか。大事になさい。僕の家《うち》バカンボ誕生やはり女です。妻君発熱「猫」はかけないと思うたらすぐ下熱。まずまず大丈夫です。「猫」は一返君によんでもらう積りで電話をかけたのですが失望しました。はじめの方のかき方が少し気取ってる気味がありはせんかと思う。それから終末の所はもっと長く書くはずであったが、どうしても時間がないのであんな風になったんです。この二週間『帝文』と『ホトトギス』でひまさえあればかきつづけ、もう原稿紙を見るのもいやになりました。これでは小説などで飯を食う事は思も寄らない。君何か出来ましたか。病人などの心配があると文章などは出来たものじゃない。今日はがっかりして遊びたいが生憎《あいにく》誰もこない。行く所もない。まずまず正月に間に合うように注文通り百枚位書いて安心しましたよ。(三八、一二、一八)
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十八日[#地から3字上げ]金
虚子様
六
漱石氏が創作に筆を執りはじめるようになってから、氏と私との交渉も雑誌発行人と人気のある小説家との関係というようなものがだんだんと重きをなして来た。今までは漱石氏は英文学者として、私の尊敬する先輩として、また俳友として、利害関係の無い交際であったのであ
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