を見たことがあるが、唯百日紅が咲いてゐるわいと考へる許《ばか》りで別に右の印象を訂正するやうなことにも出食はさなかつた。
 私の庭に百日紅を植ゑてからよく見て居ると、事実は全然間違つてゐた。葉が無いどころか、葉はあるのである。真赤な花は葉の先に咲くのである。それに真夏の炎天下にはまだ花をつけはじめた時分で花の盛りではないのである。
 先づ冬は唯枯木である。他の落葉する木と共に全く枯木であるが、唯肌のすべつこいのが特に目立つて見える。春の間は外の木が花をつけたり木の芽を吹いたりするに拘《かかわ》らず、素知らぬ風をして枯木のまゝである。夏の始になつても尚ほ枯木である。外の木が大方若葉を吹き出す頃になつても尚ほ枯木である。私の家の庭にある木の中では一番最後迄枯木の儘《まま》であつた。さうして外の木の若葉がもう若葉といはれぬ位、緑も濃い色になつた時分に漸く若葉らしいものを着けはじめた。もとからあつた枝に一応葉が揃つた時分に、新らしい枝がつい/\と出はじめて其枝にみづ/\と柔かい大きな葉が出はじめた。夏も末の頃になつて漸く新らしい枝のさきに白い粉の吹いたやうな莟《つぼみ》が沢山につきはじめて、其
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