ると幸民は直ちにその男の眼前で燐寸を發火させてみせたので、相手はいまさら言を左右にしたが、嚴重にせまつて百兩をとりあげたといふ※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話があるのにみても、當時の學者たちは今日と比べてもつと實踐的だつたにちがひない。
私は蟲の喰つた寫本の肩をいからせた墨書き文字をながめながら、百年前の鬱勃とした知識慾といふか、進歩慾といふか、そんなものを、身體いつぱいに感じながら、當時の世界を想像してゐるうちに、K・H氏にきいた木村嘉平のことがつよく泛んできた。島津の殿樣に頼まれて、蘭語の活字を作るために十一年を辛苦した人、幕府の眼を怖れて晝間も手燭をともした、くらい一室で、こつこつと鑿《のみ》と鏨《たがね》で木や金を彫つたといふ人……。
私は夕方だといふ時間さへ忘れてゐた。近所の公衆電話にいつて×××印刷會社へかけると、K・H氏は疾つくに退けたあとだつた。自宅へかけるとK・H氏は快く應じてくれた。その日は朝のうち空襲警報が鳴つて、午後からは雨だつた。警戒警報はまだ解除になつてをらず、町もくらく、電車の中もくらかつた。
私はみちみち一
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