ければ電胎法といふ高度の化學によるかしかないといふ自身がもつ宿命と同時に、幕末のごくわづかな年月と政治的大嵐のなかで誕生したといふ世界無比の特徴をもつてゐるのだつた。
 したがつて私の主人公は一人昌造のみではない。まだ「江戸の活字」も行衞不明のままである。昌造の活字を大阪から東京にひろめ、印刷機械を日本で最初に製作した平野富二についても述べねばならぬ。日本最初の新聞人岸田吟香が書いたといふ「ヘボン辭書」の平假名が上海でどういふ風にして作られたかを探らねばならぬし、日本の製紙業がいかにして今日の基礎を築いたかも述べねばならぬであらう。福澤諭吉らによつて代表される明治初年の洋學者の行衞や、當時東洋の文化都市上海と長崎の交通的事情やも、日本の活字誕生にとつては缺くべからざるものであつて、讀者と共に私はこの後半を、昌造萬延元年以後の事蹟とともにみてゆきたいと考へるのである。
[#改丁]

     作者言

 この小説をどういふ氣持で書くやうになつたかは、作の中で述べたつもりである。
 しかし、ありていのところ、書く以前も、書きはじめてからも、しばらくは混沌としてゐた。本木昌造だけの傳記的なも
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