ふ事情はなかなか興味ふかいことであつた。
西暦の一四五五年ドイツで發明された「流し込み活字」は、「印刷文明史」によると、次のやうに流布していつてゐる。一四六五年イタリー、一四六六年ギリシヤ、一四六八年スイス、一四七〇年フランス、一四七三年オランダ、一四七三年ベルギー、一四七三年オーストリヤハンガリー、一四七四年スペイン、一四七七年イギリス、一四八二年デンマーク、一四八三年スエーデン、ノルウエー、一四八七年ポルトガル、一五三三年ロシヤ、そして北米合衆國が一六三八年であつた。もつともかういふ年代別も嚴密にはむづかしいもので、論者によつては若干の相違があるけれど、ドイツ、マインツを發祥地としてみるときこの波及していつた年代は地理的にみて理解できるであらう。グウテンベルグ及びその協力者フストとシヨフアーの活字を國境からはこんだのはライン河である。その下流はオランダへ、デンマークへ、スエーデンへはこび、その上流はスイスへはこびフランスへはこんだし、殊にローマへヴエニスへはこんだ。ヴエニスは十五世紀から十六世紀へかけて全歐洲での印刷文化の中心とさへなつた。いはゆる「イタリツク活字」を産んだのもヴ
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