博物館に所藏される昌造作の鋼鐵製日本文字字母が、安政年間の作だといふ由緒によつても理解できよう。更にいま一つはこの摺立係時代に活版技師インデル・モウルと共に洋活字の流し込みもやつたと思はれるふしがある。前記「蘭書飜刻の長崎活字版」の文中掲げる寫眞、「セイタンキシス」及び同じく九月に發行された「スプラークキユンスト」の表紙及び扉、同じく川田氏所藏の「理學訓蒙」扉の寫眞をみると、和蘭活字に雜つて明らかに日本製と思はれる洋活字が澤山あることだ。「理學訓蒙」扉の一部に「TE NACASAKI IN HET 5de IAAR VAN ANSEI(1858)」とあつて、このうちの洋數字の不揃ひな活字は明らかに和製であり、そのほかNが時計數字の※[#ローマ数字4、1−13−24]の如くになつてゐる點や、印刷の素人であつても一見明らかである。それは川田氏所藏の大福帳型「和蘭單語篇」の洋活字、嘉平のそれではないかとみられる「江戸の活字」とも明らかに字型がちがふ。從つてその活字板摺立所製と判斷される洋活字がインデル・モウルの指導があつたとしても、「流し込み活字」の經驗者昌造と無關係ではなかつただらう。
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