。幸ひにして日本諸島は未だ「併呑」政府の手を染むる所ならず、而して其若干は合衆國のために最も重要なる商業通路に當れるを以て、なるべく多數の港灣を獲得するの機を逸せざるやう、敏活の手段を執るの要あり、本職の有力なる艦隊を引率するも是その一理由たり。――」
「併呑」政府とは英國の渾名である。しかもペルリが浦賀沖に出現したころには、ロシヤの第三囘遣日使節が旗艦「パルラダ」以下三隻を率ゐて、支那香港に待機してゐたのである。プーチヤチン提督の方針は、ペルリほどには高壓的でないことが、今日のこつてゐる記録にみても明らかであるが、從來のロシヤ遣日使節とはずゐぶんちがつてゐる。つまりは彼も「通商嘆願」ではなくて「開國要求」であつた。
「日本渡航記」の一節は、當時プーチヤチン一行の氣持を代表して次のやうに云つてゐる。
「――八月九日、例の通り晴朗だが、惜しいかな暑すぎる氣候であつた。この日私達は「謎の國」を初めて見たのである。――今ぞ遂に十ヶ月に亙る航海、苦勞の目的を達するのだ。これぞ閉めたまま鍵を失くした玉手箱だ。これぞ金力と武力と奸策とをつかつて、これまで無駄骨折つて手なづけようと各國が覗つてきた國
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