字は磨滅しやすく、しかも萬をはるかに超える文字の種類は、新組のたびに木版を彫るとあまり變らぬほど、澤山新調しなければならなかつたし、新古の木活字は高低がくるひやすかつたにちがひない。つまり、複雜な日本の文字は、逆に木版の世界へ引戻したが、しかし支那の木版書物を見たイタリー人は、いきなり木活字をつくつてしまつた。そしてカスタルヂーが木活字をつくつたやうに、それより二十九年後のドイツ人は、いきなり鉛ボデイの「流し込み活字」をつくつてしまつた。彼等のアルハベツトは二十六である。
 ヨーロツパの印刷文明は、支那文明の影響であつた。紙の作り方もヨーロツパに攻めこんだ元の兵隊が傳授したものだ。從つてヨーロツパの古い書物はみな支那式だといふ。私はまだ見たことはないけれど、片面印刷も袋とぢといふ製本もインクが墨汁であることも、みんなその證據だと謂はれる。その支那文化の種子を蒔いたのがポーロであることは周知である。この大旅行家が歸國後※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ニスの艦隊に加はつてゼノアと戰ひ、捕虜となつて獄中で「東方見聞録」を書かされたことも有名な話である。「印刷文明史」は當時を書いて「伊太
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