意圖ももたない私船で、長崎を無視してのこのこと江戸へやつてきたこの船は、日本の許可を得て貿易をしたいと臆面もなく申立てたところに、異國船渡來の歴史にみて劃時代的な意味をもつものと私は考へる。
 もちろん「ブラザース號」は追ひ返された。そしてこの六十五噸の小帆船の處置について老中をはじめとする役々の動きの記録が殘されたが、ゴルドン船長の方でもおどろいて早々に引揚げた。しかしこのとき浦賀に碇泊したわづか一晝夜のうちに「雜貨類の交易に熱心」な附近の百姓町人たちは「ブラザース號」の甲板に充滿し、船の周圍をとりまく者を加へれば二千を超えたと記録してある。
「突拍子もない船」はしだいにふえた。文政年間から天保年間へかけてアメリカ、イギリスの捕鯨船で日本海岸に漂着するものだけでも「數知れず」であつた。前記したやうに文化の末から文政へかけては、アメリカ漁夫たちが大西洋から太平洋に河岸をかへた時期である。しかも未開の太平洋に鯨を逐うてくるものはアメリカ漁夫のみに限らない。弘化三年になると、フランス軍艦「クレオパトラ」が長崎港外に訪れて、日本への交誼をもとめてゐる申出のうちに、「フランス捕鯨船で漂着するも
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