其女は私の前で取調べを受けて居るのを見た。これは一大事と見て取って近寄って来た。所が此万引した女が幾度か眼で合図した。此処へ来なくても好いと云う位の処であったろう。そこで折角通り蒐ったが行き過ぎようとした。そうだろうが。夫れに相違はなかろうが。ええッ。だが一体お前は此女の召使なのか。夫れとも只共犯だと云うのかッ」
 巡査の云う所は意外極まるものであった。彼には何が何だか判らない。只警察へ三人で引立てられて行った。其辺には足を止めて見て居る十人近くの野次馬が居た。最も神妙な罪人は栗屋君であるとは誰の眼にも同じく映じて居た。
「どうも済みません」
 と、こんな事を栗屋君は幾度も繰返し乍ら巡査に跟いて行った。
「奥さんは何もご承知ないんです。本統に何もご承知ないんです。奥様はお可哀想です。警察へ行くなら私と此人と丈けが行きましょう」
 中年の女は幾度か足を留めて巡査に云った。美人は何とも云わなかった。泣く丈けが何かを語って居る丈けであった。
[#地付き](一九二六年二月)



底本:「「新青年」傑作選 幻の探偵雑誌10」光文社文庫、光文社
   2002(平成14)年2月20日初版1刷発行
初出:「新青年」博文館
   1926(大正15)年2月号
入力:川山隆
校正:noriko saito
2009年1月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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