の希望が日を逐うて潮《うしお》の如く高まると共に、上飯台の連中や幹部連の凄惨な顔色は弥々《いよいよ》深くなる。只でも油断のない眼は耀《ひかり》を増し、耳は益々尖って来る。
「又今日も親方連は会議室へ集ってるが、念入と見えて、可成長くかかってるな。一番性の悪い、残酷な閻魔の親爺《おやじ》が、此二、三日の気の荒さッちゃ無えそうだ、だが独りぼッちになると時々溜息突いてるって話だ、余ッ程気になるんだろう」
「夫りゃア奴等だって悪い事たア百も承知の上だから気にもなりゃア、溜息も突こうサ……黙ッた黙ッた帝釈天だ」
「ヤイヤイ、此奴等ア又怠けやがるナ、何に言ッてやがったんだ、エエ、オイ(と山田に向って)生公《なまこう》、何の相談をしやがったんでイ」
「ウン、何も話なんか仕やし無えや」
「何ヨ、手前は一体生意気だぞ、オダ上げると焼きヨ入れてやるぞ、夫から手前達、今日は特別に早引けで五時限りにして遣《や》るから、其跡で持場や、部屋の居廻りヨ念入りに片付けて掃除をしろ、夫からモ一つ言って置くがナ、手前達、物を言うにゃア、ようく後前《あとさき》ヨ考えてぬかせ、ウッカリ顎叩くと飛んでも無え間違《まちげえ》になるぞ、後で、吠え面《づら》かかねエ様にしろ、大事《でえじ》に使やア一生ある生命だア、勿体《もってえ》なくするな」
呶鳴続け、睨め付けてノソリノソリ往って了うと、
「一生ある生命には違《ちげえ》ねえが、其一生が平均三ヶ月てんだ、晩《おそ》かれ早かれで同じ事だ」
「然しあんなに駄目を押して、予防線《くぎ》をさすッてエなア何様《どう》せ例《いつ》もの洞喝《おどかし》だろうが――奴等も大部こたえたらしいナ」
「オイオイ、夫れよりや早引けの掃除ッてなア、弥々《いよいよ》明日になったんだぜ」
「それサ、己《おれ》も先刻《さっき》から其奴を言おうと思ってたんだ、何しろ難有《ありが》てエ難有てエ、ア、助ったナア」
と歓喜の色は一同《みんな》の顔に漲《みなぎ》った。
(四)
山の幹部連中は前の晩から十何里|距《へだた》った汽車の着く町迄|出迎《でむかえ》に出かけて居る、留守は上飯台の連中が、取片付けに吾々を追廻し乍らも、口では夫れとなく、裏切りをすれば生命は無いぞと脅すのを忘れなかった。然も眉間の間には心配と反抗との混交《まじ》った凄味を漂わせて居る。一方吾々下飯台の方は、
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