なびくとき
あれほどおもたい わたしの こころでさへ
なんとはなしに さらさらとながされてゆく
不思議をおもふ
たちまち この雑草の庭に ニンフが舞ひ
ヱンゼルの羽音が きわめてしづかにながれたとて
七宝荘厳の天の蓮華が 咲きいでたとて
わたしのこころは おどろかない、
倦み つかれ さまよへる こころ
あへぎ もとめ もだへるこころ
ふしぎであらうとも うつくしく咲きいづるなら
ひたすらに わたしも 舞ひたい
あをい 水のかげ
たかい丘にのぼれば
内海《ないかい》の水のかげが あをい
わたしのこころは はてしなく くづをれ
かなしくて かなしくて たえられない
人 間
巨人が 生まれたならば
人間を みいんな 植物にしてしまうにちがいない
皎々とのぼつてゆきたい
それが ことによくすみわたつた日であるならば
そして君のこころが あまりにもつよく
説きがたく 消しがたく かなしさにうづく日なら
君は この阪路《さかみち》をいつまでものぼりつめて
あの丘よりも もつともつとたかく
皎々と のぼつてゆきたいとは おもわないか
キーツ[*「キーツ」に傍線]に 寄す
うつくしい 秋のゆふぐれ
恋人の 白い 横顔《プロフアイル》―キーツ[*「キーツ」に傍線]の 幻《まぼろし》
はらへたまつてゆく かなしみ
かなしみは しづかに たまつてくる
しみじみと そして なみなみと
たまりたまつてくる わたしの かなしみは
ひそかに だが つよく 透きとほつて ゆく
こうして わたしは 痴人のごとく
さいげんもなく かなしみを たべてゐる
いづくへとても ゆくところもないゆえ
のこりなく かなしみは はらへたまつてゆく
怒《いか》れる 相《すがた》
空が 怒つてゐる
木が 怒つてゐる
みよ! 微笑《ほほえみ》が いかつてゐるではないか
寂寥、憂愁、哄笑、愛慾、
ひとつとして 怒つてをらぬものがあるか
ああ 風景よ、いかれる すがたよ、
なにを そんなに待ちくたびれてゐるのか
大地から生まれいづる者を待つのか
雲に乗つてくる人を ぎよう[*「ぎよう」に傍点]望して止まないのか
かすかな 像《イメヱジ》
山へゆけない日 よく晴れた日
むねに わく
かすかな 像《イメヱジ》
秋の日の こころ
花が 咲いた
秋の日の
こころのなかに 花がさいた
白い 雲
秋の いちじるしさは
空の 碧《みどり》を つんざいて 横にながれた白い雲だ
なにを かたつてゐるのか
それはわからないが、
りんりんと かなしい しづかな雲だ
白い 路
白い 路
まつすぐな 杉
わたしが のぼる、
いつまでも のぼりたいなあ
感 傷
赤い 松の幹は 感傷
沼 と 風
おもたい
沼ですよ
しづかな
かぜ ですよ
毛蟲 を うづめる
まひる
けむし を 土にうづめる
春 も 晩く
春も おそく
どこともないが
大空に 水が わくのか
水が ながれるのか
なんとはなく
まともにはみられぬ こころだ
大空に わくのは
おもたい水なのか
お も ひ
かへるべきである ともおもわれる
秋の 壁
白き
秋の 壁に
かれ枝もて
えがけば
かれ枝より
しづかなる
ひびき ながるるなり
郷 愁
このひごろ
あまりには
ひとを 憎まず
すきとほりゆく
郷愁
ひえびえと ながる
ひとつの ながれ
ひとつの
ながれ
あるごとし、
いづくにか 空にかかりてか
る、る、と
ながるらしき
宇宙の 良心
宇宙の良心―耶蘇
空 と 光
彫《きざ》まれたる
空よ
光よ
おもひなき 哀しさ
はるの日の
わづかに わづかに霧《き》れるよくはれし野をあゆむ
ああ おもひなき かなしさよ
ゆくはるの 宵
このよひは ゆくはるのよひ
かなしげな はるのめがみは
くさぶえを やさしき唇《くち》へ
しつかと おさへ うなだれてゐる
しづかなる ながれ
せつに せつに
ねがへども けふ水を みえねば
なぐさまぬ こころおどりて
はるのそらに
しづかなる ながれを かんずる
ちいさい ふくろ
これは ちいさい ふくろ
ねんねこ おんぶのとき
せなかに たらす 赤いふくろ
まつしろな 絹のひもがついてゐます
けさは
しなやかな 秋
ごらんなさい
机のうへに 金糸のぬいとりもはいつた 赤いふくろがおいてある
哭くな 児よ
なくな 児よ
哭くな 児よ
この ちちをみよ
なきもせぬ
わらひも せぬ わ
怒 り
かの日の 怒り
ひとりの いきもののごとくあゆみきたる
ひかりある
くろき 珠のごとく うしろよりせまつてくる
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