って迎えに来てくれたというだけの縁故で、方々を引張りまわしたり、満鉄の叔父さんとやらの話をしたりして、僕の大事な時間をこんなに浪費して、それで一向に恥じないところは、まア相当な利己主義者だと申上げる外はないね。僕は、これで失敬する。』
 私は席を蹴って立ち上がった。
 実際、私は用事が多いからだだった。下宿へ戻る前に、その辺で空腹も満さねばならぬし、明日はグリニッチヴィレーヂへフロイド・デルを訪問せねばならぬし、どこかのタイプライタア屋へ機械の賃借りの申込みもせねばならぬし、第一に、ニュー・ヨークとはどんなところかも知っておかねばならぬ。それで、その夜はエリック方に寝て、翌日からの活動になった。
 ニュー・ヨークという都市は、グリニッチヴィレーヂから眺めるにはちょうどいいところだった。ヴィレーヂの家という家は、いずれも古めかしく、三階立が主で、定まって赤煉瓦の煤けたもので、庭というものがなく、表には鉄柵の手摺りが出ていて、何のことはない、シカゴの栗の果横丁をちょっと伊達にしたような造りだった。ここから見ると、第五街は素晴らしくきれいに見えたし、ブロードウェイは宮殿のようだった。つまり、ほかの街を羨やむためのヴィレーヂだった。フロイドも、御多聞に洩れず、そのまん中へんのマグドウガル・ストリートの二十七番地の、第一階に住んでいた。ノックして、はいると、細長い部屋に、細長いテーブルがあって、その上には手擦れのしたタイプライタアがのっていて、主人公は、その奥からむっとするほど部屋に溜った、ファテマの煙を呑吐しておった。
『Hallo Mr. Dell, I am glad to see you again. I just came to New York yesterday.』
『Oh Maidako, so you are here at last. Come in and sit down.』
 二人は握手して、互いに微笑み交わした。
 瘠せ型のフロイドは、一層と瘠せ細ってみえた。
『Well, how is everything? Are you working hard?』
『Oh, just so and so.――How about you?』
『I am to see the city first, and then I will drop in the editor of every magazine I know of Vanity Fair, the Smart Sets, Everybody, and many others.』
『Good for you. Have you tried the New Republic? If not, I will write a letter to Frank Harris.』
『I thank you. Please do so. Is it very far from here?』
『No, just a few blocks. By the way, Frank Harris will be interested with an article about the Japanese literature, something like the one you once gave to me.』
 フロイドは、人柄に似合わず太い文字で、ぎぐしゃく紹介状を書いて私に手渡した。西二十一丁目であって、さほど遠くはない。ヴィレージで昼食をとって、ほどよい時刻を見はからって、ニュー・レパブリック社へ行った。編集者のフランク・ハリス君は在社であった。ここでは、Joint editorship というのであろう、フランク・ハリスのような人が幾人もいて、各自に受持の分担をやっているらしかった。会うと、温厚な、いかにも口数のすくない人で、一応フロイドと私との交際のことなど訊ねたのち、日本の文壇の近状など――と云って、私には雑誌で知っただけのものだが、それを書けるかときいた。私は、社会党の週刊誌やプログレッシヴ・ウイメンやゼ・インターナショナルのことをかいつまんで話をし、ともかく最善を試みてみることにして、タイプライタア用紙に十二枚程度という約束をして、ニュー・レパブリック社を辞した。
 それから三日たって、私はタイプで書いた十二枚の原稿を社へ持って行くと、ハリス君は読んで
『Can I do anything else?』
『Well, why not see the city, and sketch around the scenes and other matters, such as the Fifth avenue and the status of Liberty? There
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