ようなものだとは言われない。テムポにも、リュトムスにも曲によっては音階にさえも、それぞれ多少区別がある。『大漁節』と『追分節』とは大分違った印象を与えるようなものである。そして第一短くていい。長唄や清元のように、だらだら長くて何だか一向まとまらないのに比べると、民謡は大いに音楽的である。しかしニホン音楽の通人に聞くと、民謡などは格式が低くて、お上品でないそうである。全く罰の当った言い分である。私は幸にからッきし素人だから、ぜにを出してニホン音楽のレコードを買うなら、民謡だけだときめている。
それに民謡の文句にはおもしろいのがある。なかなか文学的なのがある。小気が利いているのがある。長唄や清元の文句は何が何だか一向わけのわからないものばかりで、――しいて理窟をつけたら、何か多少意味はあるだろうが――その文学的な手ぎわでは遥に遥に民謡の敵でない。音楽を好み、文学を好む私共がニホンの民謡を好むのは、これは全く当然の事である。そしてこれが私がニホン音楽を代表するものの一つとして勝太郎レコードの一、二枚に翻訳をそえて、ドイツの友人に降誕祭の贈物として送ったゆえんである。そして僅かに一、二枚に限ったのは、ただ私の紙入れの淋しいためだけでない。多くの勝太郎レコードの中で、本当にこれはと思うニホンの民謡のレコードは、そう沢山ないからである。
ここらでこの漫筆をおしまいにしたら、誠に天下は太平であるが、さて物事はそうは行かない。最後にちょっと私の小さい不平を言わせてもらおう。
まず私共が切に惜むのは、勝太郎レコードの文句のくだらない事である。文句をどんなに変えても、それで民謡は決して新味を得るものではない。それはかえって鰻の蒲焼を西洋皿に盛って、ナイフとフォクを付けて出すようなものである。歯が浮くとは正にこんな事である。「一番漁した優勝旗」という大漁節もあまり聞かないし、「橋の欄干に佇むルンペン」という詩吟もあまりいい気持はしない。『佐渡おけさ』や『追分節』は大変お上品で無難だかしらないが、私は普通一般にやる『佐渡おけさ』の文句を一シュトローフだけは唄ってもらいたい。従来の民謡の文句がいかに気の利いたものであるかを忘れてはいけない。実はこの文句を離れては本当の民謡は存在しない。
次は話が多少ややこしくなるが、――三味線の伴奏についてである。民謡の伴奏は三味線だけで十分である。その方が私共にはおもしろい。そして、どうせ三味線は後から付けたものであろうから、そのふしは然るべき音楽家に一応相談した方がよさそうである。また、いやしくも勝太郎姐さんともあるものは、そこをよく音楽的に考えて見てもよさそうである。声との関係や、曲全体としてのふしなどは、音楽的にもう一度考えて見る必要が甚だありそうである。細かい事は漫筆に適しないが、早い話が『佐渡おけさ』『追分節』のレコードでは三味線はスタカートで終る。三味線というものは、由来そうしたものか知らないが、もしあれと反対に少しのフェルマートをあの音に付けて終ったとしたら、このレコードはもっと気分を損じないおもしろいレコードになったであろうと思う。そしてそんな事を言えならまだまだ沢山ある。
このようなレコードは、一口に民謡レコードというけれども、決してただ実用だけの民謡ではない。ニホン音楽のうちでも一番メロディッシュな民謡というものを、独立に、それだけで鑑賞せられるように、一種の美しいリードとして私共に与えてくれるものである。例えば私共がただ『佐渡おけさ』を踊るなら、勝太郎のレコードで踊るよりも、も少しテムポを早めて、もう少しメロディをぶっきら棒に自分で唄った方がいい。このようなレコードは音楽的に聞けばいいものである。確に或る種類の音楽的な意味をもつものである。そしてニホンの民謡をその出来得る限りの範囲で私共にリードとして与えるのが、――大げさに言っておどかせば、――正に勝太郎の双肩にかかった大仕事である。決して軽々しくやられない。あらゆる点に深甚な音楽的な用意がいる。
――と、こんな事は、もちろん全くの素人の言う事である。こんなレコードの御客様方には、恐らくどうでもいい事であろう。そしてレコードはレコード会社の商品で、どんどん売れればそれで文句は無いはずである。ろくにレコードを買いもしないで、何だかだと下らない余計な注文ばかり言うのは、言う方が悪いにきまっている。そこで勝太郎姐さんもその「都々逸」で大いに道徳を説法する。――「上見りゃきりなし、下見てくらせ!」
なるほど、いや、恐入りました。素人はまずこの辺で満足して僅かの勝太郎の民謡レコードの万歳でも三唱して引き下る事にいたしましょう。
底本:「音楽と生活 兼常清佐随筆集」岩波文庫、岩波書店
1992(平成4)年9月16日第1刷発行
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