」]や、昨年話題をなげた「サンセット大通り」のグロリア・スワソンも濃艶な姿を画面一面に振り散らしていたのである、アー、あの時のスワソンの美しさよ、あの頃は彼女も二十八の春の頃であったにちがいない。
 キーストン喜劇の前に、ハム、チビという妙な髯をはやした大男と小男のコンビの喜劇新馬鹿大将という英国の喜劇俳優もわすれがたい想い出である。
 総てこれらは二巻もの程度の短篇もので、お正月には、吉例としてニコニコ大会というこれらの喜劇プロが組まれ、その楽しみというものはまったく想像以上であった。なかにも子供心に、世の中でこんなに楽しませてくれる人があろうかと思うくらい驚異と素晴しさを感じたのは、今なお映画界に明星の如く輝く、「ライムライト」の偉大なるチャップリンであった。少年時代の僕にとっては大いなるかてであり、漫画家になる遠因をうえつけてくれたのはこの世界にたぐいなきチャルス・チャップリンであったのにちがいない。私はすごいまでのチャップリン党であったのである。キーストン時代からエッサネー会社、ミュチャル会社とチャップリンは短篇から長篇にと発展して行き、「夜通し転宅」なぞのドタバタ喜劇から「犬の生活」「担え銃」「偽牧師」「移民」「黄金時代」と涙と笑いの風刺喜劇は素晴らしいもので、サイレント時代から、トーキーへとの変動期には、絶対トーキー反対の彼も、時代の流れには勝てず「モダン・タイムズ」をへて、「街の灯」には「チチナー」を唱うことになってしまったが、やがてトーキー映画「独裁者」は素晴らしいものであった。
 チャップリンとあいまって、ダグラス・フェアバンクスの正喜劇は又絶讃すべきもので、この軽快さと妙味は独創的で、彼の映画を見たあとは、家に帰る時大川をはね飛んだり塀をのりこえたりして怪我をして母にしかられたものである。それほど少年の頃の僕たちに心の奥にいつもチラホラ彼が影をさしていたのである、三銃士のダルタニヤンなぞは、僕は同じ映画を三度も続けて見に行ったくらいの魅力であった。この頃バスター・キートンの笑わぬ喜劇が現れて僕等を又狂喜させた。キートンのペチャンのおかま帽子にキョトンとしたお人好しの姿は、大かっさいであった。「カメラマン」「将軍」なぞ思い出しても笑ってしまう。グロリア・スワソンの「サンセット大通り」にまるで見ちがえるほど年をとった姿をワンカット出演していたのは僕には淋しい思いであった。
 その外喜劇ファンの僕には、モント・プルの家庭喜劇、チャップリンのあの髯やステッキ、ダブダブのズボン、そのまま真似をした、にせチャップリン、ビリー・ウェストや田園趣味のチャーレス・レイの正喜劇、漫画映画、とくに、フラッシャーのフェリックス(猫の主人公)の「インキ壺の中なら」なぞは、めずらしいので眼を丸くした。ロイド眼鏡のハロルド・ロイドの長篇喜劇等、喜劇ファンであった僕には語りつくせぬものがある。
 この頃中学生の僕は、映画のフィルムの一齣のコレクション[#「コレクション」は底本では「コレクシンョ」]に夢中になり、お小使いはすべてプロマイドとフィルムになってしまった頃で、夢に見るまで恋いこがれた、パール・ホワイトには和英字典に首っきりで、ファン・レターを書き、三カ月ぶりで、親愛なる日本の友の小野佐世男よという大型の写真を送られた時には、まったくこおどりをして足の踏むところを知らず、たいへんな感激であった。
 アー、あの頃の純情さよ!
 中学二、三年の頃、英国のゴーモン会社であったと思うが、「プロテア」というシリーズものの美しい女賊物語り映画を見てから、プロテアに扮する女優が真っ裸にゴムのような真っ黒な肉じゅばんの黒装束で、あわやという時にはスルスルとドレスがぬげヌルヌルに光る黒肉じゅばんで難をのがれるその色香のにおうような美しい姿に魅せられ、僕はそのプロマイドを大切に胸に秘めたようなありさまであった。その素晴しい女優の名をわすれてしまった。徳川夢声さんに会ったらわすれずに聞こうと思っている。
 伊太利女優の、ピナ・メニケリの豊艶なあで姿は、一幅の泰西名画が動きだしたようで少年の心うちでもその芸術性は、うなずけるような思いであった。「火」「ふくろ」なぞの青色や紅紫の染色にそめられた宝石のような色調の美しい淡い光りは、いまだに眼にのこり、フランチェスカ・ベルチニイの立派なあごから胸へ、胸から腰部へ流れるやわらかい線は、まるで幻想の図の出来事のようでたまらぬ想い出である。
 ロシアの名女優、アラ・ナヂモバの異国的な情熱さと、東洋的な面ざしに僕は詩情さえ感じたのである。「レッド・ランタン」のファンタスティクのシーンは素晴しいものであった。
 この頃、若い少年期の青春発動を自分でもたまげるほど驚いた馬鹿にセンチメンタル時代に、連続映画にかわって、まるで
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