に上気してスクリーンのパールに気もそぞろであったのです。それは「拳骨」という、シャルトン・ルイズの演ずるハンケチで顔を覆い、いつも拳骨をにぎる兇悪な悪漢とその乾分におそわれるパールの運命やいかに? と次週へのお楽しみという連続映画に引かされ毎週毎週通いつめるのは、まるで恋人とのあいびきのような甘い雰囲気であったのです。パール物は続々と上映され、ついには映画ファンである両親につれられ、当時映画劇場としては立派な赤坂溜池の葵館へと出かけ、赤坂の名妓なぞと二階の特等席でアイス・クリーム(ラムネではありませんぞ)を喰べながら徳川夢声さんの名説明で、「運命の指輪」「鉄の爪」「呪いの家」に心を踊らした想い出は、今もなお心の奥にほのぼのとよみ返って来るではありませんか。当時夢声老は二十何歳の青春の頃であったでしょう、声はすれども姿は見えずなれど周囲の赤坂の名妓連が、
「私! 夢声におかぼれしているのよ」
 と、ささやいているのを聞いても、さぞかし女にもてていた頃でありましょう。
 この時代には、連続映画黄金時代で、エラ・ホール主演「マスタキー」、チャレス・ハチソンの「ハリケン・ハッチ」、繩ぬけ名人ハーリー・ハウデニーの「人間タンク」、ロス・ローランド主演の「赤い輪」等、まったく絢爛たるものであった。
 同時に僕等少年ファンを嬉ばしたのは、アメリカの喜劇映画であった。キーストン時代といって、米国キーストン会社提供の短編コメデーは、それは素晴らしく楽しいもので、マックス・センネットのもとに、チャールス・チャップリン、チェスター・コンクリン、ファティア・バンクル、アール・セントジョン、フオード・スターリング、マック・スウン、ベン・ターピン、メーベル・ノーマンド等数えきれぬほどの喜劇スターが現れ明朗な奇想天外のギャグには抱腹絶倒したものである。まったく胸のすくような明るい喜劇で、ここに現れる美人軍をセンネット・ガールといって海水着一枚に濃艶な肉体をわずかに包みピチピチしたアメリカ美人軍には、にきび華やかなりし僕にはまるでこの世のものとは思えず、ただ夢心地、今なお女性の姿体美を画きつくすのに浮身をやつしている自分にはこのセンネット・ガールが大なる遠因をなしているのであろう。
 この美しいセンネット・ガールの中からは、マリー・プレボスト[#「マリー・プレボスト」は底本では「マリ・・ブレポスト
前へ 次へ
全6ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小野 佐世男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング