飛び出すトニー・谷の司会で、雪村いづみがクリクリした新鮮な姿で颯爽と現われた時には、早や客席は爆発的で、
「これよこれよ私の好きないづみちゃアーン、シッカリー」
とたんにポッポちゃん、あまり興奮したので椅子から落ちてしまった。
「はずかしいよポッポちゃん、しっかりしてくれよ」
「うるさいわよ、私のレッスンの時間の中でも一番大事な時なのよ」
と最早、無我夢中、いづみ熱に患されたポッポちゃんは手のつけようがない。表情もたくみに歌い出す雪村いづみに涙をこぼし、身もだえする人もいる。彼女は彗星の如く現れたジャズ・シンガー、曲は彼女が幸運を引き当てた「想い出のワルツ」、どよめきと共に次の幕が切って落され、ジャズのナンバーワンと絶讃をあびている、ジョージ・川口とビッグ・フォアー、なかでも太鼓のジョージ・川口の至芸には思わず息をのんだしだい。ボンゴス、トムトム、スネアー、トーベース、シンバル、ハイバイツと九つに近い太鼓を、まるで神わざの如くあつかうありさまは、まるで狂人の如く、獅子の如く、さしもに広い舞台が、たった一人のジョージと太鼓の轟きに一ぱいあふれ、ベースの小野満、テナーサックスの松本英彦、ピアノの中村八大の神技には人が楽器か楽器が人か、この時ばかりは、ポッポちゃんをうらむことをわすれてしまい、幕がおりてもしばし茫然。[#「茫然。」は底本では「茫然」]
ジャズの本場アメリカで十七年間活躍していた、トミー・パーマがサクソフォンを口に指揮するために入れかわり立ちかわり、黒人女歌手、ジニー・ジョンズが黒い胸を張りきらして、うれいをおびたその美しい声音は劇場内になりひびき、客席をうっとりさせ、最後にマニラのビング・クロスビーといわれ、滞米中に、クロスビーが、彼のことを五十年に一人現れる声量と性的魅力を持つ歌手と称したビンボ・ディナウが、白いシャークスキンのスマートな姿でニコニコと現れるや、「ビンボ、ビンボ、ビンボ」と客席がどよめいた。
「ワタシ、ニポン人皆様スキ、ビンボーネ、ノーマネーネ……」
と笑わせて歌う数曲、キス・オブ・ファイヤ、ゴメンナサイ、ポッポちゃんなぞ、夢遊病者のようで、いやポッポちゃんどころか、僕をも夢中にした。
最後に日本語で唄う支那の夜の節廻し、まったく魂をぬかれる思い、うっとりしているひまに幕がおりてしまったのである。
明るくなって来た客席を見ると、みんな興奮のつかれかグッタリ伸びている。
「ポッポちゃん、おじさんもついでに、よいレッスンをしたよ、ジャズ熱におかされないように、お家に帰ったら熱さましを飲もう……」
底本:「猿々合戦」要書房
1953(昭和28)年9月15日発行
入力:鈴木厚司
校正:伊藤時也
2010年1月26日作成
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