わ、やっぱりラグビーやるだけあって、あの物凄い切符売場で買えたわね」
「すごいね、御覧よ、おかげでワイシャツやぶいちゃったよ、なんてものすごい人だろう」
 やっと指定席に坐って汗をふいたのである。日本一巨大なる劇場といわれる国際が、立錐の余地もなく廊下にあふれて、若い青年や少女がひしめいている。アア世は正にジャズ狂時代である。
 開幕のベルが鳴りひびいて、静かに緞帳が上げられるや、待ってましたと客席は嵐のような拍手、舞台一ぱい絢爛と飾られた雛段には、スター・ダスターズのドラム、トロンペット、サクソフォン、キラキラ星の如く銀色を放つ楽器の数々が眼もまばゆい位、チェックのスーツを着た、渡辺弘の派手やかなタクトにわき起るようなジャズのメロディー、その時、横飛びに飛び出したのは、人気者のボードビリヤン、トニー・谷。
「レディーアンド・ジェントルマン、お父ちゃん、お母ちゃん……」
 ドッとわき起る笑声、早やポッポちゃんは、感激のあまり震えている。モウこれで何回目かしら、同じものを毎日見に来ているという四人連れは、伸び上ってひっくり返りそう、舞台より客席の方がよっぽどホット・ジャズ的ではある。
 谷から聞いたのだが、
「何しろ熱病ですなア、幕が上れば、何んでもかんでも、ドッとお客さんは興奮してしまうのです。怖いようなものですよ、日本中の生きものが猫に至るまで、ジャズに浮されているように思われますよ、自動車まで唯今はジャズの調子で、家なんかに飛び込んだりしますし、ジャズ・シンガーやバンドマンの連中はサイン攻めで街も歩けませんよ、驚きましたなァ――」
 大眼鏡の奥で眼をくるくる廻していたのである。

       法悦の夢想境

 曲目は進んで五彩のスポットをあびて、ピンク色のイヴニングに大輪の紅バラを胸に、メリー大須賀歌手が、艶麗な姿でマイクにころばす、ナイヤガラのメロディー、いつとはなしに暗い客席に合唱となって伝わりくるこの興奮は、かつて見たことのない雰囲気ではないか。ティーブ釜苑の歌うハリハリハリの時に至っては、客席も調子を合せてハリハリハリと大コーラス、もしこれが普通の音楽会であったなら、その音楽会はぶちこわされてしまうところでありましょう。
 ジャズというものは、このように人心にすぐ飛び込み、夢想境の法悦にひき入れてしまうものか。むしろ不思議ではないか。左から右から面白く
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