備を十分にしようと思つたのだ。この様子ではあすはまるで市が立つたやうになるだらう。先づ予測するのにこの様子では市中の教育のある人間は皆来る事になるに違ひない。上流の貴婦人連も来るだらう。外国の大使や公使は勿論、大使館公使館の書記官達も来るだらう。判事検事辯護士なんぞも来るだらう。そればかりではない。いづれこのロシアと云ふ物見高い大国のあらゆる県から、地方人民が争つて、この不思議を見に出掛けて来るだらう。さうなつて見ると、顔を見せて遣る事は出来ないが、兎に角非常に有名な人物になるに極まつてゐる。この機会を利用して、世間のなまけ者共を教育して遣りたいと思ふ。こんな珍しい経験をしたのだから、人間が運命の前には自ら抑へて謙徳を守るべきものだと云ふ模範になつて見せて遣らうと思ふ。詰まり形容して言へば、教壇の上に立つて、世間の人を諭して遣る事が出来るのだ。早い話が、単にこの住家になつてゐる※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]と云ふ動物の事に就いて、自然学上の事実を話すばかりでも、世間の為めにどの位有益だか分からない。さう云ふわけだから、こんな所へ這入つて来た運命を歎くに
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