幾らにでも極められる。さうなれば百姓が暮して行くには、今の三倍も働かなくてはならない。怠ければ、いつでも貸した土地を取り上げる。さうなれば百姓だつて気を付けて、従順になる。勉強する。まあ、今と同じ報酬で、今の三倍は働く事になる。今の自治体に対する百姓の考はどうだ。どうしてゐたつて、飢渇に迫る虞《おそれ》はないと見抜いてゐるから、怠ける。酒を飲む。さてさう云ふ風にして諸国から金が這入つて来れば、資本が出来る。中流社会が出来る。この間もイギリスのタイムス新聞が、ロシアの財政を論じてゐた。ロシアの財政が好くならないのは、中流社会が成立つてゐないからだ。大資本がないからだ。労働に耐へる細民がないからだと云つてゐた。まあ、こんな風にイグナチイは論じたです。旨いですな。あの男は生れ付きの雄辯家ですよ。只今も意見書をその筋へ出すと云つて書いてゐるさうです。後にはそれを新聞で発表すると云つてゐました。同じ物を書いても、さういふのはイワンの書く詩なんぞとは違ふですな。」
「へえ。併しイワンはどうして遣りませう。」己はチモフエイに十分|饒舌《しやべ》らせた跡で、本問題に帰つて貰はうと思つて、かう云つた。一
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