ならどうぞお詞添を。」
「いや。承知しました。まあ、そつと其筋の意図を捜つて見ませう。ところで一体持主は※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の代を幾ら欲しいと云つてゐるか、それを内々聞いてお貰ひ申すわけには行きませんかな。」チモフエイは余程機嫌が好くなつてゐる。
己は嬉しくなつて云つた。「それは是非問ひ合せて見ます。いづれ分かり次第、申し上げに出ませう。」
「そこであの細君は今一人で留守宅にゐるでせうね。さぞ退屈して。」
「お暇に見舞つてお遣りになる事は出来ますまいか。」
「出来ますとも。実はきのふもちよつと見舞はうかと思つた位です。それにかう云ふ好機会が出来ましたからな。ああ。なんだつてあの男は※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]なんぞを見に行つたのですかな。それはさうとわたしも一度は見たいものだが。」
「ええ。気の毒ですからイワンをも一度お見舞ひ下さいまし。」
「好いです。無論わたしが行つたとしても、それを意味のあるやうに取つては困ります。只個人として行くのですからな。そこでわたしはこれで御免蒙ります。今日もちよつとニキフオオルの所へ参る筈ですから。あなたはお出なさらんですか。」
「いいえ。わたくしはもう一遍※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の所へ参らなくてはなりません。」
「成程。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の所へ。まあ、なんと云ふ軽はずみな事をしたものでせうな。」
己はチモフエイに暇乞をして出た。頭の中には種々の考が輻湊してゐる。併し此時己は思つた。「兎に角チモフエイは正直な善人である。あの男が今年在職五十年の祝をするのは結構だ。さう云ふ風に勤める男は当世珍らしいから。」
己は急いで新道へ出掛けた。経験のあるチモフエイとの対話を、イワンに伝へようと思つて出掛けたのである。それには無論どうなつてゐるかと云ふ物見高い心持も交つてゐて、己の足を早めたのである。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の腹の中にどんなにして居着いたか、※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の腹の中で人間がどうして暮して行かれるか知りたいと思ふ心持も交つたのである。己は歩いてゐて、時々は夢を見てゐるのではないかと云ふ考をも起した。さう云ふ考はあの※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]と云ふ動物が化物じみた動物だから、一層起り易いのである。
三
併しそれが夢ではなくて、争ふべからざる事実である。さうでなかつたら、己だつてこんな事をしないだらう。兎に角その後を話すとしよう。
新道に行き着いたのは、もう大ぶ遅かつた。彼此九時頃であつただらう。持主がもう見せ物をしまつてゐたので、己はやつと裏口から小屋に這入つた。持主は古い、汚れた上着を着てゐるが、世の中にも満足し、自分にも満足してゐるらしい様子で、小屋の部屋々々を歩き廻つてゐた。なんの心配も無いと云ふ事、夕方にも見物が大勢這入つたと云ふ事が一目この男の態度を見れば、察せられる。例のおつ母さんと云ふ女は、余程後になつてから現はれて来た。その様子が己を監視する為めに出たやうに見えた。夫婦は度々鉢合せをするやうにして囁き合つてゐる。もう見せ物はしまつてゐたのに、己には定めの二十五コペエケンを払はせた。一体物事を余り極端に厳重にすると云ふものは厭なものだ。
「どうぞこれからもお出なさる度に間違ひのないやうに御勘定をしてお貰ひ申しませう。普通のお客からは一人前一ルウベルの割で払つて貰ふのですが、あなただけは二十五コペエケン出して下されば好いのです。あなたはあの先生の御親友ですからな。わたしだつて友誼と云ふものを尊重すること位知つてゐますよ。」
「まだ生きてゐますか、あの男は」と、己は大声で云つて置いて、持主のドイツ人に構はずに、急いで※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の側へ行つて見た。己が大声でそんな事を言つたのは、その声がイワンに聞えたら、イワンが自分の事を思つてくれると信じて、喜ぶだらうと、内々考へて言つたのである。
かう思つたのは徒事《いたづらごと》ではなかつた。
「生きてゐるよ、而《しか》も達者で」と、どこか家の奥の方から言ふやうにも思はれ、又布団を頭から被つて言ふやうにも思はれる声がした。その癖己はもう※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の側まで駆け付けてゐたのである。その声が又かう云つた。「だがそんな事は跡でも好い。どんな様子だね。」
己はイワンの問を聞かないやうな風をして、忙しげに親切らしく、却て己の方から種々な事を聞い
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