ないと云ふ事が如何《いか》がはしいです。そこで余程用心をしなくては行けません。先づ暫くその儘にして置くですな。その場にぢつとしてをらせて、暫く時期を待つですな。」
「でもいつまで待つたら宜しいと云ふお見込でせうか。もしその内に窒息でもいたしたら。」
「そんな事はないぢやありませんか。先刻のお話では、至極機嫌好くしてゐると云ふではありませんか。」
己は前の話を今一度初から繰り返した。
チモフエイはそれを聞いて、手に※[#「鼻+嗅のつくり」、第4水準2−94−73]煙草入を持つて、それをくるくる廻しながら思案をした。
「ふん。成程。わたしの考へでは外国なんぞをうろ付き廻るより、暫く現位置にぢつとしてゐた方が好いですな。丁度暇が出来たと云ふものだから当人もゆつくり反省して見たが好からう。無論窒息なぞをしては行けないから、多少の摂生上の注意をするが好いでせう。例之《たと》へば妄《みだ》りに咳なんぞをしないが好いです。その外色々注意の為やうもありませう。さてそのドイツ人ですが、わたしの考ではその男の申立には、十分の理由がありますね。兎に角※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]はその男の所有物です。イワンはその中へ、持主の許可を得ずして入り込んだと云ふものです。これが反対の場合だとさうでもありませんがね。そのドイツ人がイワンの持つてゐる※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の中へ潜り込んだのだとすれば、場合が違つて来ます。勿論イワンは※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]なんぞは持つてゐなかつたのですがね。兎に角※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]は人の所有物ですから、それを妄《みだり》に切り開ける事は出来ません。と申すのはその持主に代価を辨償せずに、切り開ける事は出来ないのです。」
「併し人命を助けるのですから。」
「さやう。併しそれは警察権に関係します。その問題は警察へ持つて行かなくては駄目です。」
「ところでイワンの行方《ゆくへ》が分からないと云ふ事になつたらどうでせう。何かあの人に用事でも出来たと云ふ場合は。」
「あの人にとはイワンにですか。ふん。なに、休暇中の事ですから、どこにゐようと、何をしてゐようと構はぬが好いです。ヨオロツパを遊歴してゐようが、ゐまいが、構ふ事はありません。それは時が立つてから、あの男が帰つて来ないとなると、それは別問題です。その時捜索もし取調べもすれば好いです。」
「それは三月も先の事です。余りあの男に気の毒ではありませんか。」
「されば。どうも自業自得ですからな。一体誰があの男に、※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の中へもぐり込めと云つたのです。どうにかして遣ると云へば、政府が※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の中へ這入つた男に介抱人でも付けなくてはならんと云ふのですか。そんな費用は予算に見込んでありませんからな。それはさうと要点はかうです。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]は個人の所有物ですから、所謂経済問題が起るです。何より先に経済問題を考へなくてはなりません。一昨日もルカ・アンドレエヰツチユの宴会の席で、イグナチイ・プロコフイツチユがその点を委しく論じましたつけ。時にイグナチイは御承知ですね。資産家で事業家です。御承知かも知れませんが話上手ですよ。こんな風に云つてゐました。産業を起すのが急務だ。それがロシアでは欠けてゐる。それを起さなくてはならない、新しく生まなくてはならない。それには資本がいる。それには所謂中流社会が先づ成立たなくてはならない。ところで内地にはまだその資本がないから、外国に資本を仰ぐより外ない。現に外人の会社が出来てゐて、盛んに内国の土地を買入れようとしてゐる際だから、彼に十分の利益のあるやうな条件で、土地を買はせて遣るが好い。現在の自治体で、共同工事をしたり、共同財産を持つてゐたりするのは、その所謂財産が無財産と同一だから詰まり毒だ。詰まりロシア人の破産だ。まあ、こんな風に、熱心に云つてゐましたよ。なんにしろ資産家ですから、そんな議論も出来るのですね。官吏なんぞとは違ひますからな。それからかう云ふです。現在の自治体では、工業を起す事も農業を盛んにする事も出来ない。外人の立てゝゐる会社に、出来る事なら全国の土地を買はせるが好い。その上で広い地区を細《こまか》に、細に分割する。分、割と、一字一字力を入れて云つて、手の平で切る真似をしたです。さて細に分割した上で、望の百姓どもにそれを売る。売らなくても好い。貸しても好い。兎に角全国の土地が外人の立てた会社の所有になつてゐる以上は、借地料は
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