。一説に依れば仏人の脚肉《きやくにく》を食ふは、故《ことさ》らに英人の風習に従ふを屑《いさぎよし》とせざる意気を粧ふに過ぎず。故に仏人の熱灰《ねつくわい》上に※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の脚を炙《あぶ》るを見て、英人は冷笑すと。想ふに将来我国人は背肉をも脚肉をも食するならん。吾人は※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]肉《がくにく》輸入の有望なる事業たるを認め歓迎に吝《やぶさか》ならざるものなり。実に我国に於て未だ※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]肉食用の行はれざるは大欠点と云ふべし。既に食※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]《しよくがく》の端緒は開かれたるを以て、数百疋の※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の輸入せらるゝ時期もまた恐らくは一年を出でざるべし。且将来我国に於ても※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]を繁殖せしむる事必ずしも不可能にあらざるべし。縦令《たとへ》ネワ河水にして、この南国動物の為めに寒冷なるに過ぎたりとせんも、帝都の区内|池沼《ちせう》に乏しからず。市街にも又適当なる河川及び沼沢なきにあらず。例之《たとへ》ばパウロウスク又はバルゴロヲ等に飼養し、若くはモスクワのプレツスネンスキイ湖に飼養するも可ならん。斯《かく》の如くする時は啻《たゞ》に料理通の旨味にして滋養に富める食品を得るのみならず、湖畔を逍遙する貴夫人も又※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の游泳するを見て楽む事を得べく、少年児童は早く熱帯動物に関する知識を得る便あるべし。食用に供したる※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の皮革は種々の製作の原料となる。例之ば行李、巻煙草入、折鞄その他種々の容器となす事を得べし。吾人は現今商家の為めに尊重せらるゝ旧紙幣の千ルウベルを※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]革の札入より取り出すを見る時期の遠からざるを想はずんばあらず。吾人は時期を見て更にこの問題に関して論ずる事あるべし。」
己はどんな事が書いてあつても驚かない積りで読んだのだが、この文章には少からず驚いた。己の右左にゐる役人には、意見
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