つ組み合ふことになつた。
高等騎術を見せることになつてゐる女房ユリアが出て来た。「マツテオさん。鞭でぶつてお遣りよ。相手になられるならなつて見るが好い。乳つ臭い人達だわ。」
「押すのをよさないと、白熊を放すぞ。」
口笛を吹く。鬨を上げる。やじ馬が勢を得て来た。どうもしやうがない。もう曲馬組の人達が群集の中で揉まれてゐる。
「親方。防火栓をお抜かせなさい。」突然かう叫んだのは、音楽のわかる道化方トロツテルである。場内では人を涙の出るほど笑はせるのだが、今出て来たのを見れば、あはれな、かたはの小男である。拳骨を振つて囲を衝いて、頭《かしら》の傍へ来た。「ねえ、親方。防火栓をお抜かせなさい。あれが好い。冷やして好い。きつと利きます。」
途方にくれてゐたカスペリイニイが此天才の助言を成程と思つた。警察も理性も功を奏せないとなれば、もう暴力より外あるまい。世間を馬鹿にし切つた道化方でなくては、こんな智慧は出ない。カスペリイニイは同意の手真似をして頷いた。
トロツテルは又拳骨を振つて囲を衝いて、火消番の立つてゐる所へ往つた。救のある所へ往つた。
そこでどうなつたか。気の毒千万なのはロオデンシヤイド市民と元日のおなぐさみとである。天罰の下るやうに、曲馬場の中から喞筒《ポンプ》の水が迸り出た。滔々乎《たう/\こ》として漲つて息《や》まない。あらゆる物をよごし、やはらげ、どこまでも届く。
防火栓は奇功を奏した。晩のお客は問題の最簡単なる解決を得た。お客は踵《くびす》を旋《めぐら》して逃げた。これで命に別状はない。昼のお客はその跡からぞろぞろ出て、曲馬場をあけた。
但しいやと云ふ程洗礼を受けぬものは一人も無い。皆寒がつて歯をがちがち云はせてゐる。併し命には別状は無い。
頭カスペリイニイは天才の道化方に抱き付いて、給料を増す約束をした。これは次いで起る裁判事件を前知したら、控へたのかも知れない。新年早々数十件の損害要償の訴訟が起つて、水でいたんだ晴着の代を出させられたからである。其判決の理由にはかう云つてあつた。災難の原因は看客の理性の不足でもない。警察の不備でもない。曲馬場の入口を一つしか設けなかつたのが原因《もと》である。
頭はいやな顔もせずに償金を払つた。それはロオデンシヤイドの曲馬場は今後もきつと大入だと云ふことを知つてゐたからである。それが何よりの事だからであ
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