ノ住つてくれることになつた。二人の中では己の方が比較的融通が利くので、家賃は己が払ふことにして妙な家を借りた。それはフオオブウル・サン・ジエルマンの片隅の寂しい所にある雨風にさらされて見苦しくなつて、次第に荒れて行くばかりの家である。なんでもこの家に就いては、或る迷信が伝へられてゐるのださうだつたが、我々は別にそれを穿鑿もしなかつた。二人はこの家を借りて、丁度その頃の陰気な二人の心持に適するやうに内部の装飾を施した。
 若しその頃二人がこの家の中でしてゐた生活が世間に知れたら、二人は狂人と看做《みな》されたかも知れない。勿論危険な狂人と思はれはしなかつただらう。二人は誰をもこの家に寄せ付けずにゐた。己なんぞは種々の知合があつたのに、この住家を秘して告げなかつた。ドユパンの方ではもう数年来パリイで人に交際せずにゐたのである。そんな風で二人は外から、邪魔を受けずに暮した。
 己の友達には変な癖があつた。どうも癖とでも云ふより外はない。それは夜が好きなのである。己は次第に友達に馴染んで来て、種々の癖を受け続いで、とう/\夜が好きになつた。然るに夜と云ふ黒い神様はいつもゐてはくれぬので、これが
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