w中を真つ直ぐにして元気好く歩き出した。そこで僕は察したね。君はシヤンチリイが小男だと云ふ事を考へたのだと察したね。丁度その時僕は君に声を掛けたのだ。そしてあいつは小柄だ、寄席にでも出るより外為方がないと云つたのさ。」
ドユパンの観察法がどんなものだと云ふ事は大体この一例で分かるだらう。
この事があつてから暫く立つた後である。我々二人は一しよにガゼツト・デ・トリビユノオ新聞を読んでゐた。そしてふいと左の記事に目が留まつた。
「驚歎すべき殺人事件。昨夜三時頃サン・ロツキユウス区の住民は稍《やゝ》久しく連続して聞えたる恐しき叫声に夢を破られたり。その叫声は病院横町の一家屋の第四層にて発したるものゝ如くなりき。その家はレスパネエ夫人とその娘との二人の住所なり。最初尋常の手段にて表口より入らんとせしに、戸締の為め入ること能はずして、多少の時間を経過し、隣家のもの八九人と憲兵二人とは、遂に鉄の棒を以て戸を破りて屋内に入ることを得たり。その隙《ひま》に叫声は息《や》みたり。最初の梯子を駆け上がる時、人々は二人若くは数人の荒々しき声にて何事をか言ひ争ふを聞けり。その声は家の上層にて発したるものゝ
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