ノ住つてくれることになつた。二人の中では己の方が比較的融通が利くので、家賃は己が払ふことにして妙な家を借りた。それはフオオブウル・サン・ジエルマンの片隅の寂しい所にある雨風にさらされて見苦しくなつて、次第に荒れて行くばかりの家である。なんでもこの家に就いては、或る迷信が伝へられてゐるのださうだつたが、我々は別にそれを穿鑿もしなかつた。二人はこの家を借りて、丁度その頃の陰気な二人の心持に適するやうに内部の装飾を施した。
若しその頃二人がこの家の中でしてゐた生活が世間に知れたら、二人は狂人と看做《みな》されたかも知れない。勿論危険な狂人と思はれはしなかつただらう。二人は誰をもこの家に寄せ付けずにゐた。己なんぞは種々の知合があつたのに、この住家を秘して告げなかつた。ドユパンの方ではもう数年来パリイで人に交際せずにゐたのである。そんな風で二人は外から、邪魔を受けずに暮した。
己の友達には変な癖があつた。どうも癖とでも云ふより外はない。それは夜が好きなのである。己は次第に友達に馴染んで来て、種々の癖を受け続いで、とう/\夜が好きになつた。然るに夜と云ふ黒い神様はいつもゐてはくれぬので、これがゐなくなると工夫して昼を夜にした。我々は夜が明けても窓の鎧戸を開けずに、香料を交ぜて製した蝋燭を二三本焚いてゐる。その蝋燭が怪談染みた微な光を放つのである。この明りの下で我々はわざと夢見心地になつて、読んだり書いたり話したりする。その内本当の夜になつたことが時計で知れる。それから二人は手を引き合つて往来へ出て、歩きながら昼間の話の続きをする。又|夜更《よふけ》まで所々をうろついて珍らしい光明面と闇黒面とを味ふのである。パリイのやうな大都会にはこの両面があつて、吾々のやうな局外の観察者には無限の興味を感ぜさせるのである。
かう云ふ場合にドユパンは不思議な分析的技能を発揮して己を驚かすことがある。友達はこの技能を発揮して、自分で愉快を感じてゐる。人が誰も見聞してくれなくても好いのである。友達はこの心持を己に打ち明けてゐる。或る時友達は己に笑ひながら云つた。「世間の人は大抵胸に窓を開けてゐて、僕にその中を覗かせてくれるのだね」と云つた。そしてその証拠として、丁度その時己の考へてゐた事をすつかり中《あ》てゝ己を驚かした。
この技能を働かせてゐる時の友達の様子は冷澹で、うはのそらになつてゐる
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