、明りを附ける頃にはいなくなってしまいます」と云うその声が耳馴れているので、顔を見れば、蔀《しとみ》君であった。蔀君も同時に僕の顔を見附けた。
「やあ。お出《いで》なさいましたか。まだ飾磨屋さんを御存じないのでしたね。一寸《ちょっと》御紹介をしましょう」
こう云って蔀君は先きに立って、「御免なさい、御免なさい」を繰り返しながら、平手で人を分けるようにして、入口と反対の側の、格子窓《こうしまど》のある方へ行く。僕は黙って跡に附いて行った。
蔀君のさして行く格子窓の下の所には、外の客と様子の変った男がいる。しかも随分込み合っている座敷なのに、その人の周囲は空席になっているので、僕は入口に立っていた時、もうそれが目に附いたのであった。年は三十位ででもあろうか。色の蒼《あお》い、長い顔で、髪は刈ってからだいぶ日が立っているらしい。地味な縞《しま》の、鈍い、薄青い色の勝った何やらの単物に袴を着けて、少し前屈《まえかが》みになって据わっている。徹夜をした人の目のように、軽い充血の痕《あと》の見えている目は、余り周囲の物を見ようともせずに、大抵|直前《すぐまえ》の方向を凝視している。この男の傍《そば》には、少し背後《うしろ》へ下がって、一人の女が附き添っている。これも支度が極《ごく》地味な好みで、その頃|流行《はや》った紋織お召の単物も、帯も、帯止も、ひたすら目立たないようにと心掛けているらしく、薄い鼠が根調をなしていて、二十《はたち》になるかならぬ女の装飾としては、殆《ほとん》ど異様に思われる程である。中肉中背で、可哀らしい円顔をしている。銀杏返《いちょうがえ》しに結って、体中で外にない赤い色をしている六分珠《ろくぶだま》の金釵《きんかん》を挿《さ》した、たっぷりある髪の、鬢《びん》のおくれ毛が、俯向《うつむ》いている片頬《かたほ》に掛かっている。好い女ではあるが、どこと云って鋭い、際立った線もなく、凄《すご》いような処もない。僕は一寸見た時から、この男の傍にこの女のいるのを、只何となく病人に看護婦が附いているように感じたのである。
蔀君が僕をこの男の前に連れて行って、僕の名を言うと、この男は僕を一寸見て、黙って丁寧に辞儀をしただけであった。蔀君はそこらにいた誰やらと話をし出したので、僕はひとり縁側の方へ出て、いつの間にか薄い雲の掛かった、暮方の空を見ながら、今見た飾磨屋
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