五人《いつたり》なり」「ファブリイスとは国務大臣の家ならずや」「さなり、大臣の夫人はここのあるじの姉にて、わが友というは大臣のよつぎの子なり」
食卓につきてみれば、五人の姫たちみなおもいおもいの粧《よそお》いしたる、その美しさいずれはあらぬに、上の一人の上衣も裳《も》も黒きを着たるさま、めずらしと見れば、これなんさきに白き馬にのりたりし人なりける。ほかの姫たちは日本人めずらしく、伯爵夫人のわが軍服ほめたもう言葉の尾につきて、「黒き地に黒きひもつきたれば、ブラウンシュワイヒの士官に似たり」と一人いえば、桃色の顔したる末の姫、「さにてもなし」とまだいわけなくもいやしむいろえ包までいうに、皆おかしさに堪えねば、あかめし顔を汁《ソップ》盛れる皿《さら》の上にたれぬれど、黒き衣の姫は睫《まつげ》だに動かさざりき。しばしありておさなき姫、さきの罪あがなわんとやおもいけん、「されどかの君の軍服は上も下もくろければイイダや好みたまわん」というを聞きて、黒き衣の姫ふりむきてにらみぬ。この目は常におち方にのみ迷うようなれど、ひとたび人の面に向いては、言葉にも増して心をあらわせり。いまにらみしさまは笑みをおびてしかりきと覚ゆ。われはこの末の姫の言葉にて知りぬ、さきに大隊長がメエルハイムのいいなずけの妻ならんといいしイイダの君とは、この人のことなるを。かく心づきてみれば、メエルハイムが言葉も振舞いも、この君をうやまい愛《め》ずと見えぬはなし。さてはこの中はビュロオ伯夫婦もこころに許したもうなるべし。イイダという姫は丈《たけ》高く痩肉《やせじし》にて、五人の若き貴婦人のうち、この君のみ髪黒し。かのよくものいう目をよそにしては、ほかの姫たちに立ちこえて美しとおもうところもなく、眉の間にはいつも皺《しわ》少しあり。面のいろの蒼《あお》う見ゆるは、黒き衣のためにや。
食《しょく》終りてつぎの間に出ずれば、ここはちいさき座敷めきたるところにて、やわらかき椅子《いす》、「ゾファ」などの脚きわめて短きをおおくすえたり。ここにて珈琲《カッフェエ》のもてなしあり。給仕のおとこ小盞《こさかずき》に焼酎《しょうちゅう》のたぐいいくつかついだるを持てく。あるじのほかには誰《たれ》も取らず、ただ大隊長のみは、「われ一個人にとりては『シャルトリョオズ』をこそ」とてひと息に飲みぬ。このときわが立ちし背のほの暗きかた
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