らずと見ゆ。たゞをり/\思ひ出したるやうに「薬を、薬を」といふのみ。
余が病は全く癒えぬ。エリスが生ける屍《かばね》を抱きて千行《ちすぢ》の涙を濺《そゝ》ぎしは幾度ぞ。大臣に随ひて帰東の途に上ぼりしときは、相沢と議《はか》りてエリスが母に微《かすか》なる生計《たつき》を営むに足るほどの資本を与へ、あはれなる狂女の胎内に遺しゝ子の生れむをりの事をも頼みおきぬ。
嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我|脳裡《なうり》に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり。
[#地から2字上げ](明治二十三年一月)
底本:「現代日本文學大系 7」筑摩書房
1969(昭和44)年8月25日初版第1刷発行
1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
入力:多羅尾伴内
校正:蒋龍
2004年6月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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