八分通り迷っていましたもんですから。
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(長き間。)
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男。えええ。なーんーでーすーと。
貴夫人。ええ。全くでございましたの。
男(目を大きく※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》く。)あのあなたがわたくしに。
貴夫人。ですけれど本当に迷っていたと申すのではございませんよ。八分通りでございましたの。まあ、これから先は男の方の出ようでどうにでもなると云うところまで来ていましたのですね。女と云うものはある時期の来るまで、男の方のなさる事をじっとして見ていて、その時期が来ると、突然そう思いますの。「もうこうなれば、これから先はこの人のするままになるより外無い」と思いますの。
男。そしてあの時そう思いなすったのですか。
貴夫人。ええ。
男。そしてなぜそれをわたくしに言って下さらなかったのです。
貴夫人。ですけれどそれを申さないのが女の心理上の持前なのでございますわ。
男。ああ。わたくしはなんと云う馬鹿でしょう。
貴夫人。(溜息を衝く。)まあ、それはそうといたして置いて、あとをお話申しましょ
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