すのね。あなた、もうなんにもおっしゃりっこなしよ。後悔なすったってあなたのおためにもわたくしのためにもなりませんわ。まあ、あの時の埋合せにこれからわたくしを内へお送下さいまし。しっかり宅の主人の手におわたしなさいますようにね。
男。そんなら馬車を見附けて来ましょう。
貴夫人。ええ。それがようございます、雨が降っていますから。
男。そこで今日は、あなたを尊敬いたして、一頭曳にいたしますよ。
貴夫人。あら。それは余計な御会釈でございますわ。やっぱり二頭曳を雇って来て戴きましょう。そういたすとわたくし今になってはどんな静かな、軟い二頭曳でも役に立たなくなっていると云うことを、あなたにお見せ申しますから、あなたもそのおつもりでお附合いなさいますようにね。ほんにほんに男の方と云うものは物分かりが悪くっていらっしゃいますことね。わたくし厭になってしまいますわ。さあ御面倒でも雇いにいらっしゃって下さいまし。くどいようで失礼ではございますが、女を内へ送ってやる時には、いつでも一番余計に馬の附いている馬車を連れて来るものだと云うことをお忘れにならないようにね。さあ、いらっしゃいましよ。
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